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稲田邦稙 いなだ くにたね

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

稲田邦稙 いなだ-くにたね

1855-1931 幕末-明治時代の武士,華族。
安政2年11月18日生まれ。稲田稙(植)乗(たねのり)の子。義兄稙誠(たねのぶ)(父の従弟)の跡をつぎ,慶応元年阿波(あわ)徳島藩家老・淡路(あわじ)洲本(すもと)城代。戊辰(ぼしん)戦争に本藩と別行動をとって功をたてる。明治3年淡路の分離独立をめぐって本藩家臣に襲撃された(庚午(こうご)事変,稲田騒動)。事件後,家臣とともに北海道静内(しずない)郡への移住を命じられ,開拓に従事。28年帰郷。男爵。昭和6年5月26日死去。77歳。通称は九郎兵衛。

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世界大百科事典内の稲田邦稙の言及

【淡路国】より

…旧国名。淡州。現在の兵庫県南部の淡路島。
【古代】
 南海道に属する下国(《延喜式》)。《古事記》は淡道,《日本書紀》は淡路と書く。阿波(粟)国へ行く道の意味であろう。瀬戸内海交通上の要地でもある。記紀の国生み神話では,ほとんどの所伝が第一に淡路島が生まれたとする。また反正天皇が淡路で生まれたこと,淡路出身の和知都美(わちつみ)命の女が孝霊天皇の妃となったこと,仲哀天皇のとき淡路屯倉(みやけ)を定めたこと,履中,允恭両天皇が淡路で狩りをしたことなどが見える。…

【阿波国】より

…旧国名。現在の徳島県。
【古代】
 南海道に属する上国(《延喜式》)。律令制以前の阿波は忌部(いんべ)氏が活動した北方の粟国(あわのくに)と三輪系の海人(あま)の活動した南方の長国(ながのくに)に二大別されていたとされる。なお,吉野川上流の西部に別の1国を考える阿波3国説もある。令制下,2国(あるいは3国)は合一し,名方(のちに名東,名西),板野,阿波,麻殖(おえ),美馬(みま)(のち三好が分出),勝浦,那賀(のち海部が分出)の7郡がおかれる。…

※「稲田邦稙」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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