稲荷木村(読み)とうかぎむら

日本歴史地名大系 「稲荷木村」の解説

稲荷木村
とうかぎむら

[現在地名]市川市稲荷木一―三丁目・田尻たじり一―二丁目・同五丁目・東大和田ひがしおおわだ一―二丁目など

八幡やわた村の南西江戸川左岸に位置する。集落は市川村や八幡村から本行徳ほんぎようとく村に通じる道(木下道)に沿って形成される。江戸時代は幕府領として推移(旧高旧領取調帳など)。寛文期(一六六一―七三)とされる国絵図に「トウカキ」とみえ、元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では高三二三石余、同一五年の検地帳(市川市役所行徳支所蔵)によると、反別は上田四町四反余・中田五町二反余・下田一一町八反余・下々田一町三反余、上畑二町三反余・中畑一町四反余・下畑一町余・下々畑三町二反余・萱畑五町七反余、屋敷八反余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む