穴馬谷(読み)あなまだに

日本歴史地名大系 「穴馬谷」の解説

穴馬谷
あなまだに

九頭竜くずりゆう川の上流地域で、ほぼ現和泉村域をさす広域地名。穴間とも記される。長承二年(一一三三)六月一四日付の官宣旨案(醍醐雑事記)に藤原成通の家領川原郷内に「穴馬河内」の名がみえる。永享一二年(一四四〇)四月日付の春日社領越前国大野郡小山庄田数諸済等帳(天理図書館蔵)に次のとおりあり、穴馬がすでに上下に区分され、小山おやま庄に属していたことがわかる。

<資料は省略されています>

穴馬の名の由来について「帰鴈記(松平文庫本)に「あなま山といふは、美濃国へこゆる方なり。木たち生茂て道すがら日の光も見えず。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む