竜門城跡(読み)りゆうもんじようあと

日本歴史地名大系 「竜門城跡」の解説

竜門城跡
りゆうもんじようあと

[現在地名]朝倉村朝倉上

頓田とんだ川の上流周桑しゆうそう郡との郡境標高四三八・九メートルの竜門山頂にある典型的な戦国期の山城跡。山頂からは今治いまばり平野と芸予の島々周桑平野(道前平野)を望むことができる。河野氏の枝城の一つで、大永年間(一五二一―二八)には河野通明源六が居城したが、大永七年一一月中国勢に攻められて高市たけち郷で討死したと伝える。その後、永禄五年(一五六二)三月頃には武田近江守信勝が居城していた。しかし天正一〇年(一五八二)一二月八日、来島通総に攻められ、鮎帰あゆがえりの滝付近で討たれたと伝える(武田家系図、岡家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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