竹之窪井関跡(読み)たけのくぼいせきあと

日本歴史地名大系 「竹之窪井関跡」の解説

竹之窪井関跡
たけのくぼいせきあと

[現在地名]大洲市平野町平地

宇和島藩領平地(ひらじ)村平地に設置された井関。関の長さ八―一〇メートル、高さ〇・八―一メートル。灌漑面積は、平地分は約一町歩にすぎないが、引水する阿蔵(あぞう)分二五町歩、大洲分一〇町歩に及んだ。

文化六年(一八〇九)六月、西岸の新谷藩領阿蔵村と東岸の大洲藩領大洲村との間に分水について紛争が起こり、阿蔵村民八〇余人と大洲村民三〇余人が対峙するという騒動に発展した。翌七年四月、大洲・新谷・宇和島三藩示談のうえの裁許が下され、いったんは収まったが、同年七月、旱魃水不足と裁許に対する解釈の食違いで紛争が再燃した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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