竹原荘(読み)たけはらのしょう

改訂新版 世界大百科事典 「竹原荘」の意味・わかりやすい解説

竹原荘 (たけはらのしょう)

1090年(寛治4)に朝廷が賀茂上下社に多くの荘園を寄進したとき,下賀茂社の社領となった荘園である。現在の広島県竹原市東野町を中心とした地域にあり,同荘に塩浜があったことから海に面していたことがわかる。竹原荘の北に接して都宇(つう)郷があり,同郷は鎌倉初期には同じ下賀茂社領荘園となって,都宇・竹原荘と連称されることが多いが,それは竹原荘が本荘都宇荘が新荘という本・新荘関係にあったからである。下賀茂社の神人(じにん)が下司(げし)に任ぜられたが,実質的に同荘の在地支配を行ったのは公文(くもん)であった。源平動乱で都宇・竹原荘公文は沼田氏に従って平家に味方したが,平家滅亡後沼田氏は平家と運命を共にしたけれども,都宇・竹原荘公文はその地位を保っていた。しかし承久の乱で同荘公文は京方に味方して荘を追われ,沼田荘地頭小早川茂平が都宇・竹原荘地頭に任ぜられた。のち茂平の子政景が同荘地頭職をつぎ竹原小早川氏の祖となった。竹原小早川氏の本拠は木村城であった。のち小早川氏の内紛から幕府は1297年(永仁5)に都宇・竹原荘を収公して建長寺造営料所にあてた。のち返却されて同荘は竹原小早川氏が領有したが,1483年(文明15)10月下賀茂社は応仁の乱後小早川氏が都宇・竹原荘の年貢を進納しないと訴えている。
小早川氏
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