竹田津村(読み)たけたづむら

日本歴史地名大系 「竹田津村」の解説

竹田津村
たけたづむら

[現在地名]国見町竹田津

現国見町の北西部、国東半島のほぼ北端に位置する。周防灘に注ぐ竹田津川の中・下流域を占め、北部の竹田津浦には古くからの良港があった。西は見目(みめ)村(現香々地町)、南は西方寺(さいほうじ)村、東は鬼籠(きこ)村。中世竹田津庄の遺称地。寛永九年(一六三二)以降、杵築藩領。年月日未詳の某覚書(永弘文書)に「天文廿年十二月廿七日、竹田津浦ニ御屋形様迎候御舟、著岸候人々、陶之(か)安房守隆房(か)」とみえ、大内義隆を滅ぼした陶隆房は大内氏後継を承諾した大友義鎮の弟晴英を迎えるため天文二〇年(一五五一)一二月二七日、一行とともに竹田津浦に入っている。

小倉藩元和人畜改帳に村名はみえないが、惣庄屋竹田津左介が当地に住し、佐介が管掌する竹田津手永の惣高は五千三六〇石余で、惣家数一千一三〇・惣人数二千三四。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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