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国東半島 くにさきはんとう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

国東半島
くにさきはんとう

大分県北東部,両子山 (720m) を中心とする大きな円錐形火山からなる半島。古くから仏教文化が栄え,特に平安時代後期には宇佐神宮弥勒寺 (神宮寺) として開かれた 100をこす寺院 (六郷満山と総称される) が半島全域を覆った。富貴寺 (大堂は国宝。極彩色の内陣壁画や国の重要文化財の如来坐像がある) ,真木大堂 (伝乗寺。国指定重要文化財の仏像9体がある) をはじめ,数多くの寺院,石仏,国東塔,板碑五輪塔などが各地に残されている。中央部は瀬戸内海国立公園に属し,その周辺から真木大堂にいたる山地一帯,および奈多,黒津崎,住吉浜など有名な海水浴場を含む海岸線の大部分は国東半島県立自然公園に指定されている。国道 213号線が海岸を一周し,半島東部に大分空港があり,大分市,別府市とをエアクッション艇 (ホバークラフト) が結ぶ。農業は米作のほか,ミカン栽培などが行なわれる。観光開発が進められている。

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デジタル大辞泉の解説

くにさき‐はんとう〔‐ハンタウ〕【国東半島】

大分県北東部の、瀬戸内海に突き出た火山半島。中央にある両子(ふたご)山は標高721メートル。石仏や古寺が多い。

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百科事典マイペディアの解説

国東半島【くにさきはんとう】

大分県北東部,瀬戸内海に突出するほぼ円形の半島。中央部の両子(ふたご)山(最高点720m)が形成した火山半島で,放射状の開析谷が発達。西部では葉タバコ,東部では杵築(きつき)藩以来の伝統をもつ七島イ栽培が盛んで,近年は斜面や段丘でのミカンの栽培も活発。
→関連項目安岐[町]大分[県]香々地[町]杵築[市]国東[町]国見[町]姫島豊後高田[市]真玉[町]武蔵[町]山香[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

くにさきはんとう【国東半島】

大分県の北東部にある直径30~35kmのほぼ円形の半島。半島の中央部に両子(ふたご)山(721m),文珠山(617m)などの鐘状火山が群立し,これら火山群の周囲には緩やか同心円状の等高線をもった小起伏の山地が広がっている。これは中央火山群より古い地質年代に噴出した豊肥火山活動の系統に属するもので,浸食がかなり進み,放射状谷が形成され,谷底にははんらん原がよく発達している。海岸線の北半分はリアス海岸となっており,国見町の沖合約5kmの海上に姫島がある。

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大辞林 第三版の解説

くにさきはんとう【国東半島】

大分県北東部、瀬戸内海に突出する円形の火山半島。中央に火山両子ふたご山がある。平安時代から鎌倉時代にかけて社寺が多く作られ、石仏・板碑などの仏教遺跡も多い。

出典|三省堂
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日本の地名がわかる事典の解説

〔大分県〕国東半島(くにさきはんとう)


大分県北東部の半島。直径約30~35kmのほぼ円形の半島で瀬戸内海に突出し、周防灘(すおうなだ)と伊予(いよ)灘・別府(べっぷ)湾を分ける。農業ではミカン栽培が盛ん。1971年(昭和46)の大分空港開港でテクノポリス地域に指定されて以降、先端産業の進出が著しい。古くは宇佐(うさ)神宮と弥勒(みろく)寺の所領で、古寺や石仏・磨崖(まがい)仏など六郷満山(ろくごうまんざん)の仏教文化が残る。富貴(ふき)寺・熊野(くまの)磨崖仏が有名。半島中央部の両子(ふたご)山(標高720m)ほか山岳部は瀬戸内海国立公園に属す。

出典|講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国東半島
くにさきはんとう

大分県の北東部にある半径30キロメートル余のほぼ円形の火山半島。開析が進み、最高地点の両子(ふたご)山も721メートルにすぎず、みごとに発達した放射谷底の氾濫原(はんらんげん)は10万半島住民の主要生活舞台となり、米、七島藺(しちとうい)、タバコ作が行われている。放射山稜(さんりょう)斜面や段丘面などでは近年ミカン園の開発が進んでいる。シイタケの産も多い。半島南東海岸に1971年(昭和46)新大分空港が開設され、これを中心とする「県北国東」地域が1984年テクノポリス地域に指定された。北部の花びら形入り江をなす沈降海岸や、南東部の段丘、浜堤などの隆起海岸沿いに、国道213号が放射山稜を多くのトンネルで抜けて走り、門戸に豊後高田(ぶんごたかだ)、杵築(きつき)の両城下町が発達した。中央部が高い円形半島は、1889年(明治22)に東国東、西国東両郡に分かたれ、今日、東半は国東市、西半の北部が豊後高田市、同南部が杵築市の3市を構成している。
 古代の半島は豊後国国埼(くにさき)郡に属し、来縄(くなわ)、田染(たしぶ)、伊美(いみ)、国前(くにさき)、武蔵(むさし)、安岐(あき)の6郷に分かれていた。宇佐八幡(はちまん)の発展に伴って、半島の大部分は宇佐八幡とその神宮寺の弥勒(みろく)寺の所領となり、半島各地に末社、末寺が多数建立された。これらの大寺院集団を六郷満山(ろくごうまんざん)と称している。平安後期の富貴寺(ふきじ)大堂(国宝。内陣には文化財に指定された壁画がある)、真木大堂(まきおおどう)の仏像9躯(く)、奈多八幡(なたはちまん)宮の三神像をはじめとして、鎌倉時代や桃山時代の優雅な石造宝塔の国東塔や板碑(いたび)の残存も多い。岩戸(いわとう)寺ほかの修正鬼会(しゅしょうおにえ)や、諸田山(もろたやま)神社の御田植(おたうえ)祭、国東市武蔵町の吉弘楽(よしひろがく)などの民俗行事も多い。半島がこのように国宝、重要文化財の宝庫であるのは、頸部(けいぶ)の地塁と考えられている山地が、鋸山(のこぎりやま)(543メートル)の名をもつ一峰もあるとおり、かなり険しく、交通遮断性は大で、半島を陸の孤島たらしめてきたのが大きな一因であろう。[兼子俊一]
『和歌森太郎編『くにさき』(1960・吉川弘文館) ▽大嶽順公著『国東文化と石仏』(1970・木耳社) ▽酒井富蔵著『国東半島の六郷満山』(1976・第一法規出版) ▽梅原治夫著『国東半島の歴史と民俗』(1974・佐伯印刷)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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