笹岡新田村(読み)ささおかしんでんむら

日本歴史地名大系 「笹岡新田村」の解説

笹岡新田村
ささおかしんでんむら

[現在地名]下田村笹岡

五十嵐いからし川左岸段丘上、棚鱗たなひれ村の北西中野原なかのはら新田村の東に位置する。享保(一七一六―三六)以後、藩営の新田開発に伴って成立したと伝える。村名は新田開発掛の笹岡茂兵衛の名によるという。茂兵衛は長沢ながさわ肝煎善六の子で、藩士となって才幹をふるった。宝暦一二年(一七六二)の渡辺瀬兵衛覚書(笹岡新田沿革誌)に「九月朔日新田元肝煎惣右衛門所ニて拙者義御新田肝煎役被任付」とある。また、明和三年(一七六六)に下組の肝煎が任じられていることから(弘化三年「三組役成帳」小林功氏蔵)、この頃上中下の三組にわけられたと推測される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

企業の退職を希望する従業員本人に代わって退職に必要な手続きを代行するサービス。依頼者と会社の間に入ることで円滑な退職をサポートするとともに、会社への連絡などを代わりに行うことで依頼者の心理的負担を軽減...

退職代行の用語解説を読む