筥崎博尹(読み)はこざき ひろただ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「筥崎博尹」の解説

筥崎博尹 はこざき-ひろただ

1829-1897 明治時代神職
文政12年4月1日生まれ。はじめ華頂宮(かちょうのみや)家の侍医。明治2年鎌倉鶴岡八幡宮の総神主となり,15年初代宮司(ぐうじ)。江島神社祠官をかねた。朝比奈峠の開削,江の島架橋などにもつくした。明治30年2月24日死去。69歳。肥前高来郡(長崎県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android