篠原 鳳作
シノハラ ホウサク
昭和期の俳人
- 生年
- 明治39(1906)年1月7日
- 没年
- 昭和11(1936)年9月17日
- 出生地
- 鹿児島県鹿児島市
- 本名
- 篠原 国堅
- 別名
- 別号=未踏,雲彦
- 学歴〔年〕
- 東京帝大法学部政治学科〔昭和4年〕卒
- 経歴
- 東大時代の昭和3年「ホトトギス」に投句し、のち「天の川」「京鹿子」などに投句するが、6年以降は「天の川」1本にしぼる。6年沖縄県立宮古中学教諭となる。7年吉岡禅寺洞を訪ね、8年「天の川」同人になると共に「傘火」を創刊。無季俳句を実践し、新興俳句運動を推進した。9年母校の鹿児島県立二中教諭となった。「篠原鳳作全句文集」がある。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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篠原鳳作 しのはら-ほうさく
1906-1936 昭和時代前期の俳人。
明治39年1月7日生まれ。沖縄の宮古中学,鹿児島第二中学で教師をつとめる。「ホトトギス」に投句。昭和8年「天の川」同人となるとともに「傘火(かさび)」を創刊して新興俳句運動にくわわり,無季俳句をおおく発表した。昭和11年9月17日死去。31歳。鹿児島県出身。東京帝大卒。本名は国堅(くにかた)。別号に未踏,雲彦。
【格言など】しんしんと肺碧きまで海のたび(薩摩半島,長崎鼻の句碑)
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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篠原 鳳作 (しのはら ほうさく)
生年月日:1906年1月7日
昭和時代の俳人
1936年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
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