篠網村(読み)しのあみむら

日本歴史地名大系 「篠網村」の解説

篠網村
しのあみむら

[現在地名]長柄町刑部おさかべ

刑部村の北東に位置する。刑部村六谷の一つであるが、史料上は独立した村としてもみえる。正保国絵図に篠細七二石とあるのが当村であろう。元禄郷帳でも篠細村とあるが、高二四五石余とするのは検討を要する。享和二年(一八〇二)の村明細帳(後筆あり、内藤家文書)では刑部村のうちで耕地が入交じるとしているが、高一四〇石余とあり、旗本布施領一〇九石余、同植木・千種・沢の三氏合せて三〇石余。天保郷帳では刑部村八五八石余のうちで、古くは刑部村・篠細村二ヵ村と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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