コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

粟田道麻呂 あわたの みちまろ

2件 の用語解説(粟田道麻呂の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

粟田道麻呂 あわたの-みちまろ

?-765 奈良時代の公卿(くぎょう)。
内薬佑,参議,式部大輔をへて,因幡守となる。天平神護(てんぴょうじんご)元年和気(わけ)王と謀反をくわだて発覚,飛騨員外介にうつされるが,恨みをもつ上道斐太都(かみつみちの-ひたつ)が飛騨守となったため幽閉され,同年死亡。唐(とう)(中国)にわたり破陣楽を日本につたえたとされる同名の人物がいるが,同一人かどうかは不明。禾田道万呂ともいう。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

粟田道麻呂

没年:天平神護1(765)
生年:生年不詳
奈良時代の官人。天平宝字2(758)年内薬佑となり,同3年従七位下で,臣から新たに朝臣の姓を賜る。同8年1月正六位上から外従五位下へ昇り,7月新羅使に来着の目的を問う使者となって大宰府(太宰府市)へ赴く。時に授刀大尉外従五位下。9月藤原仲麻呂の乱(764)の功によって従四位下に昇る。10月式部大輔,勅旨員外大輔・授刀中将で因播守を兼任する。天平神護1(765)年1月勲3等。8月和気王の謀反に加担した罪で飛騨員外介に左遷されたが,道麻呂を怨み,飛騨守となって赴任した上道斐太都によって,夫婦ともども幽閉され殺された。

(今泉隆雄)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
朝日日本歴史人物事典について | 情報

粟田道麻呂の関連キーワード天平神護粟田道麻呂紀益女淳仁天皇和気王関口ジョニーズ和気王水城(福岡県)高適西大寺

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone