…大化改新後700年(文武4)まで吉備全域と播磨を含む統轄官として吉備大宰が置かれたが,壬申の乱後に備前,備中,備後の3国,713年(和銅6)に備前から美作が分立し,政治組織としても一体性を失った。757年(天平宝字1)に上道斐太都(ひだつ)に吉備国造の称号が付与されたのが,かつての吉備の一体性を伝える最後の事例である。【吉田 晶】。…
…多くは国造や郡司などの在地の有力豪族であったが,中央貴族として立身したものも少なくない。笠垂は古人大兄皇子の反を告げて出身し,上道斐太都(ひだつ)は橘奈良麻呂の乱に功があった。下道真備(まきび)が吉備真備として活躍したことは有名。…
…この6月中に,一党は奈良麻呂の家や図書寮辺の庭,太政官院の庭などで密談をくりかえしている。しかし密告があいつぎ,とくに7月2日の上道斐太都(かみつみちのひだつ)の密告によって,仲麻呂は機先を制して一党を逮捕した。すぐさま訊問が行われ,黄文(きぶみ)王,道祖王,大伴古麻呂,小野東人,多治比犢養(たじひのこうしかい),賀茂角足らの中心人物は拷問によって杖下に死し,安宿(あすかべ)王,大伴古慈斐(こじひ)その他多数が流罪に処された。…
※「上道斐太都」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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