糸井宮前遺跡(読み)いといみやまえいせき

日本歴史地名大系 「糸井宮前遺跡」の解説

糸井宮前遺跡
いといみやまえいせき

[現在地名]昭和村糸井 大貫原

中棚(なかだな)遺跡のある段丘の二段下にある。標高四〇七メートル。関越自動車道建設に伴い、昭和五七年(一九八二)に発掘調査を実施。縄文時代・古墳時代・平安時代の遺構が重複して発見された。縄文時代は前期の集落が中心で、有尾式、諸磯a・b式の住居跡と土壙を、古墳時代は前期初頭石田川式、中期鬼高式の住居跡を、平安時代は榛名FP層の上に住居跡を各々検出。住居跡は総計一三〇軒以上にのぼる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 礎石 北麓 なか

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む