日本歴史地名大系 「紅梅殿跡」の解説 紅梅殿跡こうばいどのあと 京都市:下京区成徳学区菅大臣町紅梅殿跡菅原道真の邸宅跡で「拾芥抄」には「五条ノ坊門北、町面」とあり、その付図東京図は綾小路南、五条坊門北、町尻小路西、西洞院東の方一町を示す。現綾西洞院(あやにしのとういん)町・矢田(やだ)町・船鉾(ふなぼこ)町・菅大臣(かんだいじん)町の各一部分を含む。弘安本北野天神縁起に「丞相の御家は五条坊門、西洞院、めでたき紅梅ありければ、後人、紅梅殿とそ名付ける」とあり、その呼称が邸内に植えられていた紅梅にちなむものであったことがわかる。この紅梅については道真自身が「菅家後集」の中で「梅花」と題して「宣風坊北新栽処、仁寿殿西内宴時、人是同人梅異樹、知花独笑我多悲」と詠んでいる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by