紙子谷村(読み)かごだにむら

日本歴史地名大系 「紙子谷村」の解説

紙子谷村
かごだにむら

[現在地名]鳥取市紙子谷

広岡(ひろおか)村の東に位置し、若桜(わかさ)往来が通る。神子谷とも記した(因幡志)。村名は意上奴(いがみぬ)神社の神子にちなむという。紙子谷・香取(かとり)両村はもとは一村であったらしく、寛永一〇年(一六三三)の地詰帳写(福田家文書)には両村に土地を保持する名請人が一四名みえる。文政年間(一八一八―三〇)の法美郡全図(県立図書館蔵)によれば地内の谷々に溜池があり中ほどを砂田(すなだ)川が流れる。

拝領高は一三四石余、本免は五ツ六分。天保三年(一八三二)の山林は一町九反余で、藪役銀一匁余を課されていた(藩史)。大口氏・辻氏の給地があった(給人所付帳)。前掲地詰帳写によれば高は一四八石余で、反別は田八町二反余・畑一町七反余・屋敷一反余。名請人二九名の持高の構成をみると、田一町九反余を保有する香取村在住の大庄屋与兵衛の三九石余が最も多く、以下三〇石未満―二〇石以上一、二〇石未満―一六石以上一、一六石未満―一二石以上二、八石未満―四石以上三、四石未満―一石以上八、一石未満一三であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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