紫蓋寺跡(読み)しがいじあと

日本歴史地名大系 「紫蓋寺跡」の解説

紫蓋寺跡
しがいじあと

[現在地名]桜井市大字多武峰

談山(たんざん)神社西門の北西約五〇〇メートルに位置し、多武峯(とうのみね)の奥院にあたるが、現存しない。「大和志」の高市(たかいち)郡に「在尾曾村東、正堂一宇僧房六宇、堂傍有釈増賀墓碑、勒曰長保五年六月建」、「和漢三才図会」十市(とおいち)郡条に「在多武峯之乾五町許是亦高市郡 増賀上人墓所也」とある。天明三年(一七八三)の本末并分限御改書(談山神社社家舟橋家文書)には「多武峯末寺念誦窟 紫蓋寺 天台宗 増賀上人霊堂 一宇 釈迦堂 一宇 坊中 六宇 往古十三坊之所 七ケ寺退転 称号計有之候」と記している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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