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細川連立内閣 ほそかわれんりつないかく

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

細川連立内閣
ほそかわれんりつないかく

1993年夏の衆院選挙で過半数を失い野に下った自民党に代り,8月9日に社会,新生,公明など7党1会派が細川護煕日本新党代表を首相として発足させた,日本では初の本格的な多党派連立政権。 55年以来続いた自民党の1党支配は 38年ぶりに幕を閉じ,日本の政治は新たな「連立時代」に入った。新内閣は山花・社会,羽田・新生,石田・公明,大内民社の4党首を入閣させ,官房長官には武村・新党さきがけ代表が就任した。細川内閣は 93年 12月,ウルグアイ・ラウンドでのコメの部分開放を決定,日韓首脳会談 (93年 11月) では植民地支配に明確に謝罪したほか,過去の戦争を「侵略戦争」と言い切り,さらに 94年1月には政治改革法案を成立させた。しかし,佐川急便グループからの1億円借金問題や NTT株購入問題で世論の批判が高まり,4月8日辞任した。

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