斎藤史(読み)サイトウフミ

デジタル大辞泉 「斎藤史」の意味・読み・例文・類語

さいとう‐ふみ【斎藤史】

[1909~2002]歌人。東京の生まれ。二・二六事件に連座したりゅうの長女。モダニズムの影響を受けて独自の歌風を築く。女流歌人初の芸術院会員。歌集に「魚歌」「ひたくれなゐ」「渉りかゆかむ」など。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

日本大百科全書(ニッポニカ) 「斎藤史」の意味・わかりやすい解説

斎藤史
さいとうふみ
(1909―2002)

歌人。東京生まれ。陸軍将校で歌人の瀏(りゅう)(1879―1953)の長女。父の任地の北海道・旭川、三重県・津、熊本などを転々とする。小倉高女卒業。瀏が二・二六事件に連座し、深刻な影響を受ける。第二次世界大戦後は疎開先の長野県に居住。大正末から作歌を始め、歌誌『心の花』『短歌作品』『短歌人』などに発表。1940年(昭和15)、五島美代子坪野哲久前川佐美雄らとの合同歌集『新風十人(しんぷうじゅうにん)』に参加する。1962年(昭和37)『原型』をおこす。モダニズムの結晶ともいうべき第一歌集『魚歌』(1940)に始まり、『朱天』(1943)、『うたのゆくへ』(1953)、『密閉部落』(1959)と変転を重ね、『ひたくれなゐ』(1976。迢空(ちょうくう)賞)で、しぶとい生認識にたつ堂々たる調べを完成させた。その後の歌集に『渉(わた)りかゆかむ』(1985。読売文学賞)、『遠景』(1988)、『秋天瑠璃(しゅうてんるり)』(1993。詩歌文学館賞、斎藤茂吉短歌文学賞)、『風翩翻(かぜへんぽん)』(2000)などがある。また、1948年に信濃毎日新聞に連載した小説『過ぎて行く歌』が半世紀を経て単行本となった(2001)。エッセイ集などに『遠景近景』(1980)、『ひたくれなゐの人生』(1995)、『ひたくれなゐに生きて』(1998)がある。1977年には『斎藤史全歌集 昭和3~51年』が刊行され、97年(平成9)刊の『斎藤史全歌集 1928~1993』増補版で、現代短歌大賞、紫式部文学賞を受賞した。1993年女性歌人として初めて芸術院会員に選ばれ、97年には、「歌会始の義」で天皇に招かれて歌を詠む召人(めしうど)を務めた。

菱川善夫

 死の側より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生ならずやも

『『うたのゆくへ』(1953・長谷川書房)』『『密閉部落』(1959・四季書房)』『『風に燃す』(1967・白玉書房)』『『ひたくれなゐ』(1976・不識書院)』『『斎藤史全歌集 昭和3~51年』『斎藤史全歌集 1928~1993』増補版(1977、97・大和書房)』『『風のやから』(1980・沖積舎)』『『遠景近景』(1980・大和書房)』『『家族――短歌読本』(1981・有斐閣)』『『渉りかゆかむ』(1985・不識書院)』『『遠景』(1988・短歌新聞社)』『『秋天瑠璃』(1993・不識書院)』『『ひたくれなゐの人生』(1995・三輪書店)』『『ひたくれなゐに生きて』(1998・河出書房新社)』『『風翩翻』(2000・不識書院)』『『過ぎて行く歌』(2001・河出書房新社)』『『斎藤史歌文集』(講談社文芸文庫)』『ジェイムズ・カーカップ、玉城周選歌・英訳『斎藤史歌集 記憶の茂み(和英対訳)』(2002・三輪書店)』『磯田光一著『斎藤史論』(『現代短歌大系4』所収・1973・三一書房)』『岩田正著『新版 現代の歌人』(1989・牧羊社)』『寺山修司著『寺山修司全歌論集』新装版(1993・沖積舎)』『道浦母都子著『乳房のうたの系譜』(1995・筑摩書房)』『桜井琢巳著『夕暮から曙へ――現代短歌論』(1996・本阿弥書店)』『大原富枝著『詩歌うたと出会う時』(1997・角川書店)』『河野裕子著『鑑賞・現代短歌3 斎藤史』(1997・本阿弥書店)』『松井覚進編『人物十一景』(1999・青木書店)』『森まゆみ著『恋は決断力――明治生れの13人の女たち』(1999・講談社)』『佐佐木幸綱著『佐佐木幸綱の世界11 同時代歌人論2』(1999・河出書房新社)』『岩田正著『現代短歌をよみとく――主題がときあかすうたびとの抒情』(2002・本阿弥書店)』『「追悼・斎藤史」(『短歌朝日』2002年7・8月創刊5周年記念号所収・朝日新聞社)』『「斎藤史追悼特集」(『短歌研究』2002年7月号所収・短歌研究社)』『寺山修司著『寺山修司コレクション5 黄金時代』(河出文庫)』『道浦母都子著『女歌の百年』(岩波新書)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

20世紀日本人名事典 「斎藤史」の解説

斎藤 史
サイトウ フミ

昭和・平成期の歌人 「原型」主宰。



生年
明治42(1909)年2月14日

没年
平成14(2002)年4月26日

出生地
東京

学歴〔年〕
小倉高女〔大正14年〕卒

主な受賞名〔年〕
日本歌人クラブ推薦歌集〔昭和30年〕「うたのゆくへ」,長野県文化功労賞〔昭和35年〕,迢空賞(第11回)〔昭和52年〕「ひたくれなゐ」,読売文学賞(詩歌俳句賞)〔昭和61年〕「渉りかゆかむ」,詩歌文学館賞(第9回)〔平成6年〕「秋天瑠璃」,斎藤茂吉短歌文学賞(第5回)〔平成6年〕「秋天瑠璃」,現代短歌大賞(第20回)〔平成9年〕「斎藤史全歌集」,勲三等瑞宝章〔平成9年〕,紫式部文学賞(第8回)〔平成10年〕「斎藤史全歌集1928-1993」

経歴
2.26事件に連座した陸軍少将で歌人の斎藤瀏の長女として東京に生まれ、父の任地の北海道・旭川、津、熊本などを転々とする。大正末から作歌を始め、歌誌「心の花」「短歌作品」「短歌人」などに発表。昭和15年五島美代子、佐藤佐太郎、前川佐美雄らとの合同歌集「新風十人」に参加。同年、11年に起きた2.26事件の影響が色濃い第1歌集「魚歌」で注目を集めた。戦後は疎開先の長野県に落ち着き、「うたのゆくへ」「密閉部落」などを次々と発表。37年から「原型」を主宰。生活苦や介護といった日常を詠む実験的な異色の作風で現代歌壇を先導した。52年「ひたくれなゐ」で迢空賞、61年「渉りかゆかむ」で読売文学賞を受賞。平成5年女流歌人として初の日本芸術院会員となり、9年の歌会始の儀では召人として皇居に招かれるなど戦後を代表する女性歌人として知られた。他の歌集に「魚類」「秋天瑠璃」「風翩翻」、小説に「過ぎて行く歌」、対談集「ひたくれなゐに生きて」、「斎藤史全歌集」(大和書房)など多数。平成14年斎藤史文学賞が創設された。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「斎藤史」の意味・わかりやすい解説

斎藤史
さいとうふみ

[生]1909.2.14. 東京,東京
[没]2002.4.26. 長野,長野
歌人。陸軍将官で佐佐木信綱門下の歌人だった父,瀏の影響で 10代から作歌を始め,『心の花』に作品を発表。昭和初期のモダニズム・口語歌隆盛の波にのって前川佐美雄らとともに注目された。1936年,二・二六事件で瀏が反乱幇助罪で禁固刑をくだされ,処刑された兵の中に幼友だちがいた。1940年に初の歌集『魚歌』刊行。同歌集に収められた「暴力のかく美しき世に住みてひねもすうたふわが子守うた」は事件をうたった歌として有名。その後もこの事件はしばしばうたわれ,歌人としての一生の主題となった。第2次世界大戦後は長野市に在住。1962年歌誌『原型』創刊。長野の風土をうたい,高齢に達してからも旺盛な作歌活動を展開,新しい老いの歌の開拓者として高い評価を得た。歌集『ひたくれなゐ』(1976)で迢空賞,歌集『渉りかゆかむ』(1985)で読売文学賞,『秋天瑠璃』(1993)で詩歌文学館賞と斎藤茂吉短歌文学賞,『斎藤史全歌集 1928―1993』(1997)で現代短歌大賞を受賞。1993年日本芸術院会員,1997年勲三等瑞宝章を受章。(→短歌

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤史」の解説

斎藤史 さいとう-ふみ

1909-2002 昭和-平成時代の歌人。
明治42年2月14日生まれ。斎藤瀏(りゅう)の長女。モダニズムを出発点に独自の歌風をきずき,昭和15年第1歌集「魚歌」を刊行。37年「原型」を創刊,主宰。52年「ひたくれなゐ」で迢空(ちょうくう)賞。61年「渉(わた)りかゆかむ」で読売文学賞。平成6年「秋天瑠璃(るり)」で詩歌文学館賞。9年「斎藤史全歌集」ほかで現代短歌大賞。女性歌人で初の芸術院会員。平成14年4月26日死去。93歳。東京出身。小倉高女卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

タコノキ

タコノキ科の常緑高木。小笠原諸島に特産する。幹は直立して太い枝をまばらに斜上し,下部には多数の太い気根がある。葉は幹の頂上に密生し,長さ1〜2m,幅約7cmで,先は細くとがり,縁には鋭い鋸歯(きょし)...

タコノキの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android