世論(読み)セロン(英語表記)public opinion
opinion publique[フランス]
öffentliche Meinung[ドイツ]

デジタル大辞泉 「世論」の意味・読み・例文・類語

せ‐ろん【世論】

ある社会の問題について世間の人々の持っている意見。よろん。せいろん。「世論を反映させる」「世論の動向」
[補説]「輿論よろん」の書き換えとして用いられ、「よろん」とも読まれる。→輿論[補説]
[類語]輿論公論物議

せい‐ろん【世論】

せろん(世論)

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精選版 日本国語大辞典 「世論」の意味・読み・例文・類語

せい‐ろん【世論】

  1. 〘 名詞 〙 世間一般の議論、風説。よろん。せろん。
    1. [初出の実例]「世論嗷々、為善愷成私曲」(出典:日本文徳天皇実録‐仁寿二年(852)一二月癸未)
    2. 「古今の世論多端にして互に相齟齬するもの」(出典:文明論之概略(1875)〈福沢諭吉〉一)
    3. [その他の文献]〔陸游‐夜読了翁遺文詩〕

せ‐ろん【世論】

  1. 〘 名詞 〙せいろん(世論)

世論の補助注記

「世論」は、当用漢字表の公布後、「輿論」の書きかえとして用いられ、「よろん」とも読まれるようになった。

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改訂新版 世界大百科事典 「世論」の意味・わかりやすい解説

世論 (よろん)
public opinion
opinion publique[フランス]
öffentliche Meinung[ドイツ]

世論は以前は〈輿論〉と表記され,古来,中国で輿(かご)かきのような庶民が政事について述べる意見や議論を意味した。表記が簡略化されて現在のように〈世論〉と改められるに従い,今日では〈せろん〉と発音され,世間一般の論と解されることも多い。また明治以降,この語が欧米の政治理論におけるpublic opinionの訳語として公論と並んで用いられるに従い,そこに政治が準拠すべき公衆publicの意見だとか世論調査に表れた有権者の態度だとかの欧米政治理論の意味がつけ加わり,その内容は多様化している。

 為政者が被治者である臣下や民衆の要求や気持ちに留意して政治を行うべきだという考えは,古代ローマの〈民の声は神の声〉とか古代中国の〈人心収攬(しゆうらん)〉というような格言に表れているように,古くから存在していた。それは統治権が専制君主や封建領主に独占されていた時代においても,統治の基礎を確実にするために当然な政治的配慮だったといえよう。しかし,君主や領主の治政を批判し抵抗する被治者は,自分たちの要求に,支配者も否定しにくい正統性を付与しようと試みる。先にあげた古代ローマの格言が〈神〉を援用し,幕末の志士たちの主張した〈公儀輿論(公論)〉が儒教的な〈公共之天理〉にもとづくと主張されたのは,その典型的な例である。だが,絶対君主制や封建制を打倒して輿論や公論が正統性を獲得し,政治が世論にもとづいて行われることが原則とされるようになると,現実に何を世論の表現とみなすかが厳しい争点となって浮かび上がる。幕末の公儀輿論はしだいに,五ヵ条の誓文で正統化された公論の意味するものが,列侯会議を公儀政体としそこでの決定を指すか,天皇を頂く維新の志士たちのつくる新政府の決定を指すかの争いに集約され,ついに後者の勝利に終わった。しかし,明治政府成立後,自由民権運動や議会開設後の指導者たちは,こういう公論の解釈を超然主義として批判し,議会内多数党や新聞などの言論機関によって代表された意見こそが公論であると主張した。それが民本主義とともに正統化されていくのは,大正デモクラシーを通じてである。しかしこういう公論あるいは世論の解釈には,明らかに西欧市民国家の政治理論の影響がみられる。

 西欧近代社会において世論opinion publiqueという語が初めてつかわれるのは,J.J.ルソーの《社会契約論》(1762)においてだとされている。そこでルソーは,世論を習俗や慣習と並んで〈国家の真の憲法をなすもの〉〈人民にその建国の精神(社会契約)〉を呼びさますものとしているが,それ以上の追求をしていない。このことばはさらにルイ16世の財務長官ネッケルが保守派の貴族層に対抗して,〈金融市場の投機家たちは世論に支配されている〉として自己の政策を強行して以来,人口に膾炙(かいしや)するようになったという。しかし,フランス革命以来,世論とりわけ第三階級の意思としての世論は,政治権力の拠るべき基礎として決定的な重みをもつようになった。しかし,それは選挙を通じて選出された代表で構成される議会によって表現されるとした穏健派と,世論をルソー的な一般意思と等視し,したがってそれは代表されえず,たとえ少数であっても理性的な革命主体によって体現されるとしたジャコバン派との対立は,その後今日にまで及ぶ世論解釈の化身の分化の原型を示すものだったとすることができよう。

 イギリスにおける世論の制度化は,大陸に比べて安定的な道をたどって発展した。そこでは世論は,ミドルクラスを主体とする〈財産と教養〉のある公衆publicの理性的な意見opinionとして,一方では絶対主義のなごりである貴族や官僚,他方では台頭しつつある労働者大衆に対抗しつつ,それが国民代表の集合である議会によって表現されるという基本的合意が,はやくから定着したからである。議会内に生まれた政党も,E.バークによって〈世論の組織化〉として正統化された。また個別の争点について論説を展開する政論新聞は,世論の器としての〈公器〉とみなされてその自由を保障され,政党政治の中で独特の地位を占めるようになったが,しかしそれは政党や政府と対立するよりも,むしろ補完するものとみなされたのである。

 このような状況が基本的に変化するのは,大衆民主制の成立に伴い,世論の背景となる公衆の一体制が崩壊してからである。福祉国家や行政国家の成立に伴い,選挙が基本的な争点についての大衆的世論の反映というよりも,福祉や利益誘導による大衆的買収の結果に矮小(わいしよう)化される機会は増大した。他方,マス・コミュニケーションの発達に伴い,大衆の世論自体が権力による操作の対象に変化する。ファシズムスターリン主義は,その典型的な例である。このような条件の下に,知識層を基盤とした言論機関は,世論の名において議会内多数の上に成立した政府としばしば対立するようになり,また大衆組織デモンストレーション大衆集会などを通じて,〈関心ある大衆〉の抗議の意思表示を行う。これに対して政府は,〈沈黙している多数silent majority〉や〈声なき声〉こそが世論だと対抗する。このように現代国家において,選挙民(議会),言論機関,大衆行動などのそれぞれが,世論の表現としての正統性を主張して分立・抗争することが多くなっている。それはそのまま,現代における議会制民主主議の不安定化の表れとすることができよう。

社会学的な意味では,今日,世論は公共的な問題に関し世論調査などを通じて測定された大衆(有権者)の態度や意識として把握されることが多い。それはどのような構造をもつものだろうか。マス・コミュニケーションが発達した現代社会において,大衆の世論は基本的にマス・メディアによって影響されているとみなす議論は多い。事実,今日,国民的な広がりをもつ公共的な問題について,争点の認識から賛否の態度の形成にいたるまで,マス・メディアをぬきにして世論を語ることはできない。しかし,それはマス・メディアが一方的に大衆の世論を支配するということでは,必ずしもありえない。D.カッツとP.F.ラザースフェルトはアメリカでの実態調査を通じて,このようなマス・メディアによる影響は,有権者が所属する小集団の中で反覆されてはじめて定着することを明らかにした。家族,村落,組合,職場,友人グループなどはこういう小集団の典型的な例であり,こういう小集団内の文化や構造がマス・メディアの影響を選択的に増幅し,あるいは打ち消しているのである。日本のように集団所属が多元的でなく特定集団に没入する傾向が強いところでは,この問題はとりわけ重要である。

 それはさらに,現代社会の構造が重層的であるという事実と重なる。農村と都会,労働者とサラリーマン,青年と老人,男性と女性というように,今日の社会において大衆が帰属意識をもつ集団やグループは,多元的な軸に従って分化し,それらを単純な軸にまとめて整理するのは容易なことではない。それはすなわち,現代の大衆運動が単一の争点ごとに組織される利益集団・市民運動型となり,政党が多元化しつつあることにも反映している。階級や階層,近代主義と伝統主義,保守と革新というような世論の国民的な規模での組織化は,今日,ますます難しくなっているのである。

 このことは,現代社会の特質をどのようにみるかという視角とも関係しよう。ファシズムの時代のような社会の急速な解体と生活不安を原型として,現代社会をみれば,そこでは大衆が民族主義的排外主義や人種主義的偏見を基盤に,マス・メディアが選択的かつ扇動的に伝える情報を消費しながら,さまざまな政治的行動をも伴う強固な世論をつくりあげていく姿が浮かび上がる。しかし,安定的な豊かな社会において中間層意識が一般化した時代に即して現代社会を考えれば,そこでは多元的な情報の普及によって,より開明的な態度が一般化するが,世論とされるものは多くのレベルにおいて行動と結びつかないアパシー(無情熱)的な判断であり,浮動的なものであることが見いだされよう(政治的無関心)。もっともその根底では両者とも,現代国家において,かつて市民国家が前提としたような比較的少数の世論集団(公衆)が解体したという事実から派生しているという点で共通している。以上のような社会学的事実を背景に,現代民主政治を世論による支配として再建しようとするとき,それは単に教育や文化の進展によって大衆がふたたびかつての公衆の地位へ上昇することを漫然と期待するだけではなく,マス・メディアのあり方,社会集団の組織原則,選挙制度あるいは分権と参加という広い文脈の中で検討されねばならない課題であることもまた明らかである。
政治意識 →世論調査
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世論 (せろん)

世論(よろん)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「世論」の意味・わかりやすい解説

世論(よろん)
よろん
public opinion 英語
öffentliche Meinung ドイツ語
opinion publique フランス語

「せろん」ともいう。社会的争点に対する市民(公衆)の意見の高まりが、討論を経て合意の層を広げ、民意を示す形で政治的影響力をもつ多数意見をいう。それゆえ世論機能の発揮は近代以降のことで、公衆の意見形成の前提にはジャーナリズムが、意見表明の動機には自由主義が、また主張の表明と主張内容の達成を期す公衆の側には民主主義が、ともに成熟していなくてはならない。

[佐藤智雄]

世論の前史

近代以前にも世論に準ずる民衆の意見機能はみられた。「民の声は神の声」vox populi, vox Dei(ラテン語)というローマ時代の格言は世論の原型とされてきたが、同時に「民衆の意見は二重なりvulgaris opinio est duplex。厳粛で思慮深き人々の意見は多くの真実を含み、軽薄で卑俗な人々の意見はなんら真実を含まないから」ともいわれ、民の声がつねに神の声でないことが警告されていた。世論の萌芽(ほうが)は17世紀以降にみられ、社会契約説を批判したテンプルSir William Temple(1628―99)は『政府論』(1672)で、あるべき政治的権威の根拠を社会の支配的意見に求めた。批判されたJ・J・ルソーは普遍意思を説いたが、これも世論の代替性に富む形で法の遵守を説くもの。これらは多少とも世論の原型に近いが、共通の発想は上からの支配の正当性legitimacyの根拠を民衆の意見の動向と結び付けようとするところにあった。フランス革命当時の大蔵大臣ネッケルは国家財政の再建を計画し、上層市民の反対意見で失脚する。のち復職し、ふたたび財政再建を試みたとき、サロンを開放して世論づくりに気を配った。これも上からの世論対策であった。ネッケルは「制度を補強または脆弱(ぜいじゃく)化するものは世論」だとの経験的世論観をもち、「世論の力の増大化に注目」した。F・テンニエスはネッケルを、世論の威力を発見しその利用法をみいだした人とみる。

[佐藤智雄]

近代世論の機能

権力の側から民意としてとらえられる世論概念が市民革命の前夜までのものとすると、市民革命後の近代社会に入り世論の機能は変わる。市民は、民主主義権力の正当な担い手で、つまり対等な立場で発言し、討論の自由な波動の源泉となる討論集団の成員という形では公衆である。公衆は古典的民主主義を支える「財産と教養ある人々」のもつ意見・討論機能の理想化であり、C・W・ミルズのいう公衆社会は彼らを成員とする。そこでの無数の討論集団は世論形成の偉大な装置と考えられた。「人々は問題を提示され、それらを討論し、それらに対して決定を下し、見解を定式化する。諸見解は組織され互いに競争し、ある一つの見解が勝利を収める」(『パワー・エリート』1956)。勝利を収める見解(多数意見)が世論である。この見解は「実施され」または「代表たちがそれを実行する」。そこに世論の政治的・社会的な影響力が生ずる。

 このような世論の形成過程で、公衆を群集に対比させながら理想化し、公衆の意見形成や討論過程に新聞の役割、情報による問題提示機能を強調したのはJ・G・タルドであった(『世論と群集』1901)。確かに世論はジャーナリズムから争点を受け取り、討論で共通の見解を定式化し、多数意見として政治的決定過程に影響を与えるという図式は、まさに下(公衆の側)からの世論形成である。政治的影響力をもつ世論機能には討論参加する公衆の均質性が前提であった。古典的民主主義の時代には、この型の世論の形成とその影響力に「抑制と均衡(チェック・アンド・バランセズ)」をみた。しかしそれはどこまでも18~19世紀型世論である。個々の意見の表明者として市民=公衆の討論を経た多数意見の流れは、社会へも政治へも影響を与えたが、この型の世論の根底には、市民=公衆のもつ見識の均質性、新興ブルジョアジーとしての階級的威信(財産と教養ある人々)があることを無視できない。

[佐藤智雄]

大衆社会の世論

W・リップマンが名著『世論』(1922)で一貫して説いたのは上記の型の世論への疑問である。人はかならずしも外界の変化とは一致しない社会像を頭に描く。この諸個人のさまざまな意見がいかにして世論になりうるか、と問う。事実、20世紀に入り世論信仰は後退する。世論はたてまえ化し、政治家は政策が国民の支持を得たかのような免罪符として「世論」を口にする。またイデオロギー上の敵手に対しても、たとえば「国鉄、世論を意識、厳しい処分(千葉動労に)」、「米が核実験、世界世論への侮辱、タス通信強く非難」(ともに1986)など。したがって20世紀の世論は形骸(けいがい)化し、下からの自噴的活力をもつ自律的世論の衰退は、容易に政治権力の側からの作為を許す他律的世論にとってかわられる。操作された世論がそれである。自律的世論の衰退はミルズの指摘するように、大衆社会では合理的討論が専門家の発言力によって、また議論内容が発言者の利害主張と非合理的アピールの効果によって、世論の権威を失墜させてきた。

 これらの変化は、20世紀が理念としての公衆社会とは似ても似つかぬ大衆社会だというところに発している。意見の担い手は大衆民主主義のなかで極限まで動員されるが、逆に担い手としての均質性を失い、価値観の多様化、争点への傍観視化が世論形成の地盤を弱めている。争点の所在を示す情報伝達のためのマス・メディアはいよいよ多様化し、原事実を伝える情報の質も量も一様ではない。その反面、マス・メディア側の情報収集力と受け手への影響力はいよいよ大きく、世論操作への潜在的能力が増しているだけではない。マス・メディアが現実に「世論メーカー」の役割を演じていることも注目される。その意味で大衆社会状況下の世論はけっして死滅してはいないが、その形成規模と影響力とをひどく限定されたものにしている。全国民的な利害をもつ問題の発生時などは、例外的に国民的、国際的規模の世論をみることもあるが、日常的に機能している現代世論の形成基盤は、地域、職業、各種階層内での争点にとどまるといえよう。

[佐藤智雄]

『高橋徹編『世論』(1960・有斐閣)』『J・G・タルド著、稲葉三千男訳『世論と群集』(1964・未来社)』『C・W・ミルズ著、鵜飼信成他訳『パワー・エリート』上下(1969・東京大学出版会)』『W・リップマン著、掛川トミ子訳『世論』上下(岩波文庫)』


世論(せろん)
せろん

世論

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最新 心理学事典 「世論」の解説

よろん
世論
public opinion

「世論」を「せろん」と読むのが多数派となっているが,語・文字の本来は「輿論」で「よろん」と読む。この読み方を巡って多くの議論があるように世論とは何かという議論も多様であり,確たる定義はない。キンダーKinder,D.(1998)は「世論とは公権力の行使にかかわる対象を巡って多様に生じる意見であり,しかもその意見の質はさまざまでありうる」とするが,これでは定義不足である。池田謙一(2010)はそれに加えて「その意見は公的に知られ(公然化し),多くの人の利害にかかわる公共的publicな問題を対象としており,そして対立する意見の間で多数派形成を巡って政治的な議論の対象となるときに,世論とよぶ」としている。具体的には政策や社会的問題の賛否など争点に対する意見,内閣支持など政権を対象とする意見,投票など政治参加による意見表明などが挙げられる。

 こうした表現形態である世論が心理学の対象でありうるのは,世論が心理的な表象として人びとの脳裏に存在し,その認知に基づいて人びとが行動し,さらに人びとのコミュニケーションと相互作用の中で世論形成が進むからである。また世論は人びとの心の動きというミクロな心理現象が社会全体に集積して世論の変容という結果をもたらす,つまりマクロなレベルの社会が変化するという結果をもたらす点で,心理と社会を結ぶ「ミクロ-マクロ・リンク」とよばれるダイナミックスの一部を形成している。

【世論の認識と世論形成】 心理的な表象としての世論は,社会的争点を例に取れば,ある争点について個人の賛否という側面と,その争点に関する異なる立場に対して一般の市民がどのような分布状態にあるかという社会全体の動向認識(ソシオトロピックsociotropicな認識という。意見AとBのどちらが多数派でどちらに勢いがあるかなどの認識)という二つの側面を有する。そして個人はこの動向認識を踏まえつつ,争点に関連した社会的な議論や知識に基づき,自らの意見(争点上の立場)を確定していく。このダイナミックな過程では,しばしば個人がどのように新しい情報を取得するかが問題となる。そこに情報伝達の媒体としてのマスメディアやインターネットの役割が注目される理由がある。マスメディアの効果研究の対象である議題設定効果,プライミング効果,フレーミング効果といったテーマはマスメディアが情報を媒介するときの作用のあり方によって,市民の情報取得・判断が左右され,そのことでマスメディアの影響が生じることを実証している。またインターネットは,市民が情報を双方向的にやりとりしつつ,ある立場の世論を推進したり反対する争点公衆issue publicとして活動する(政治参加する)可能性を飛躍的に高めた。争点公衆はその政治参加によってミクロ-マクロ過程に直接関与し,それはインターネット以前から存在したが,その能力をインターネットという媒体が飛躍的に高めたのである。

 このミクロ-マクロ過程をマクロな視点からとらえたノエル・ノイマンNoelle-Neumann,E.の世論研究は,世論を対立的で流動的な多数派形成途上の位相と,決定的な多数派が形成されてほぼ見解が固定した位相を分離して論じた。そして前者の流動的な位相では,多数派の形成において沈黙の螺旋spiral of silence過程が働くと主張する。つまり多数派形成への同調圧力が働き,多数派が意見を主張しやすい一方で,少数派はその意見を口に出しにくくなる。この過程が循環すると少数派はしだいに沈黙を強いられることになる。こうした流動的な位相が終了し,固定的な位相に達すると,世論は規範的な力を獲得する。つまり社会的に「正しい意見」として確立される。

【世論の質の問題】 世論研究では心理的表象としての世論の質が重要な問題の一つである。世上しばしば語られる「愚かな大衆」という語は,市民が世論について知識と判断力を欠いているという見方を象徴している。このことは心理学の視点からは,市民の世論についての知識と洗練度の問題としてとらえられる。そして世論の対象となる争点を詳しく知るにはときに膨大な情報処理能力が必要であることから,そうした能力が十全でなく,そのための時間も欠く市民が,いかにして知識(見識)ある市民たりうるかが,多く検討されてきた。逆にいえば,市民の情報処理能力の負荷が軽ければ知識ある市民への近道が開けるということでもある。

 その第1の近道は,ヒューリスティックとしてのイデオロギー的思考の利用である。保守とリベラルに代表されるように,特定の政治的な価値から体系的に諸種の争点を位置づけるのがイデオロギーであり,あるイデオロギーの支持者は多くの争点にわたって自分がどの立場を取るべきなのか,イデオロギーをヒューリスティックとして用いることで判断しやすくなる。たとえば伝統的には日米安全保障条約に対する立場は,イデオロギーが決まれば立場A,Bのいずれを支持すべきかが容易に選択できる。もっともヒューリスティックであるために間違ったり適用が不適切というケースも考えられる。たとえば環境問題が保革イデオロギーで体系づけられるとは限らない。

 第2の近道は,他者の情報処理能力を利用することである。政治行動のソーシャル・ネットワーク研究の多くは,周囲の他者が有意義な情報を市民に与えることを示してきた。つまり市民は自分より知識の豊富なほかの市民から情報を受容する傾向が高く,そのことによって自分がマスメディアなどから新規に情報を取得し検討する負担を軽減される。実際,世論の動態の中で,市民の日常的な会話のプロセスの重要性が広く実証されてきている。また,市民同士でより広い範囲で議論させようとする熟議政治deliberation politicsの研究と実践が広がっているのは,この第2の道にかかわっている。

【世論調査public opinion survey】 世論を知るための世論調査は多くの民主主義国で定着している。それは,統計学に則ったランダムサンプリング手法を通じて市民の代表性あるサンプルを取得し,この対象サンプルに対して世論の現状を知るための質問紙調査を行なう手法である。面接調査,電話調査,インターネット調査など複数の形態があり,そのそれぞれに一長一短がある。現代世界では世論調査が頻繁に実施され,市民は自分の直感的な感覚ではなく,マスメディアなどで報道される世論調査の結果を知ることによってソシオトロピックな世論の状態の認識を得るようになった。今では世論といえば世論調査を指すがごとくである。しかしながら,調査は知識量で市民を区別するわけでなく(それは規範的な意味で正しくない),また質問方法の違いが回答の分布に差異をもたらすことも知られており,世論調査実施側から見れば,いかにしてこうした問題点を軽減した調査を実施しうるかが問われている。知識を与えたり議論させてから意見を尋ねる,長期に継続して同じ質問をする複数調査間で意見の変化を検討する,など幾多の対策が試みられている。 →同調 →マスメディア
〔池田 謙一〕

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普及版 字通 「世論」の読み・字形・画数・意味

【世論】せろん・よろん

輿論。〔晋書、冰伝〕兄亮は、名を以て訓を(し)き、冰は、素を以て風を垂る。弟相ひゐて、禮を好まざる(な)し。世論の重んずると爲(な)る。亮、常に以て氏の寶と爲す。

字通「世」の項目を見る

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百科事典マイペディア 「世論」の意味・わかりやすい解説

世論【よろん】

〈せろん〉とも読まれる。ある社会集団の中で,成員一般に関する問題についてある程度の意見の一致を経て表明され,多数がそれを標準的と認めている顕在的意見。広義には顕在的意見の根底にある欲求や願望も含まれる。近代民主政治の政治過程と結びついて発展してきた政治学的,あるいは社会学的ないしは社会心理学的概念で,支配の正統性を求める統治体との関連において問題とされる。
→関連項目公衆国際世論ダイシー

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「世論」の意味・わかりやすい解説

世論
せろん
public opinion

特定の大きな社会集団,公衆がもっているある論争的な問題についての意見,態度,判断などの一般的傾向。世論調査で測定されるが,世論は社会を構成する成員個々の意見の総和であるとみるか,それをこえた力をもつ実体とみるかについては意見が分れる。現代では,世論が政治的操作の手掛りや反体制側の武器として用いられる傾向がある。また,世論形式集団や大衆運動という社会的表象についても強調されている。

世論
よろん

世論」のページをご覧ください。

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世界大百科事典(旧版)内の世論の言及

【世論】より


[歴史]
 世論は以前は〈輿論〉と表記され,古来,中国で輿(かご)かきのような庶民が政事について述べる意見や議論を意味した。表記が簡略化されて現在のように〈世論〉と改められるに従い,今日では〈せろん〉と発音され,世間一般の論と解されることも多い。…

【環境】より

…これらの環境層はさらに細分される。たとえば,精神環境は,思想,世論,雰囲気,教育,宗教,芸術,マス・コミ,レクリエーションなどの文化活動とそれらに必要な機関,組織,施設,行事などである。そして,精神・社会・経済・政治上の各活動においては,各機能・機関・施設・組織・制度・行事などは互いに他の環境因子となる。…

【リップマン】より

…第1次世界大戦後の19年,パリ講和会議にはウィルソン大統領の要請で代表団随員として参加した。21年4月に書きはじめて22年初めに刊行されたのが,彼の代表作《世論Public Opinion》である。これは,人間が外界と適応するさいに擬似環境の果たす役割,〈頭の中のイメージ〉の機能に注目した著作で,現代マス・コミュニケーション研究の古典となっている。…

【圧力団体】より

…このような事態がいっそう進んで,重要な政策的決定が,政府と経営者団体と労働組合の三者間の協議を前提条件とする傾向が顕著化してきたイギリスや西ドイツでは,〈ネオ・コーポラティズム〉的状況さえ指摘されている。圧力団体活動の第4の側面は,世論に対する働きかけである。大衆デモクラシーの確立,マス・メディアの発展,市民意識の向上といった事態は,圧力団体の目的達成のために世論の理解を求め,さらにその支持の動員をはかることの必要性と有効性を高めてきたのであり,このような対世論活動は,間接的ロビイングとして,議会や政府に対する直接的ロビイングと対比され,またその大衆志向性のゆえに〈グラス・ルーツ・ロビイング〉とも呼ばれている。…

※「世論」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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