細工名村(読み)さいくなむら

日本歴史地名大系 「細工名村」の解説

細工名村
さいくなむら

[現在地名]会津坂下町海老細えびさい

阿賀川左岸にあり、南は塚原つかはら村、北西海老沢えびさわ村。越後街道塚原村で阿賀川を渡り、当村を通って坂下村へ向かった。村内は南の上細工名、北の下細工名の二区に分れる。天正一七年(一五八九)一〇月一九日の伊達政宗充行状写(伊達家文書)によれば「さいくなの事、年貢拾五貫六百文、居やしき壱貫五百文」が三橋ゑもんに宛行われている。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では高三〇八石余。文化一五年(一八一八)の村日記では高二七七石余。化政期の家数は上細工名七・下細工名一六(新編会津風土記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む