日本歴史地名大系 「細野庄」の解説
細野庄
ほそののしよう
近世、現海草郡
「続風土記」は「細野荘総て七箇村、真国荘の東川の上流にありて南は猿川荘と界し(中略)其広袤東西二里五町許、南北一里十町余、当荘は古の安楽川郷の地ならむ(中略)尤僻地にして深谷の中にありて他の往来も稀にして若山・高野へも遠く人物質陋なり」と記す。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
近世、現海草郡
「続風土記」は「細野荘総て七箇村、真国荘の東川の上流にありて南は猿川荘と界し(中略)其広袤東西二里五町許、南北一里十町余、当荘は古の安楽川郷の地ならむ(中略)尤僻地にして深谷の中にありて他の往来も稀にして若山・高野へも遠く人物質陋なり」と記す。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...