化学辞典 第2版 「結晶場理論」の解説
結晶場理論
ケッショウバリロン
crystal field theory
錯体の構造は一般に対称性が高く,有機化合物ほど軌道の重なりが大きくないと考えられるので,それを利用して配位子を中心金属のd電子に静電場を与える点電荷または点双極子として取り扱う理論.1930年前後からH.A. Béthe,J.H. van Vleckらによって発展させられた.縮重しているd軌道は,その空間配向の相違から静電場のなかでいくつかの準位に分裂する.このように,軌道の対称性にもとづいて準位の分裂を取り扱うところが,古典的静電場理論と異なる重要な点である.縮重しているd軌道は,
(1)電子間の静電的相互作用,
(2)結晶場の作用,
(3)電子のスピン-軌道結合,
によって分裂する.遷移金属錯体では,通常(1)≧(2)≧(3)の順なので,(1)を最初の非摂動とし,これに対して(2)を摂動とする弱結晶場の方法と,(2)で分裂したd軌道にd電子を入れ,その入り方の違いによるエネルギーを求める強結晶場の方法とがある.錯体の磁性,吸収スペクトルなどを,簡単な近似としては巧みに説明することができたが,現実には,配位子と金属イオン間に軌道の重なりが存在するので,これを無視することがこの理論の本質的欠陥となる.また,低対称場における取り扱いも必然的に不完全となる.これらの欠点を補正するために考えられたのが配位子場理論である.しかし,この二者はその本質は同一なので区別されずに用いられることが多い.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報