翻訳|perturbation
古典力学や量子力学において,解の求められている運動をする系に,さらに別の比較的小さな力が作用してもとの運動をわずかに変化させるとき,その小さな力の影響をいう。運動を規定するものとしては,ふつう系のエネルギーを表すハミルトニアンというものを使うが,摂動はそれに対する付加項として表される。太陽による惑星の運動に及ぼす他の惑星の力や,原子に作用する外部電場の作用などが摂動の例である。
→摂動論
執筆者:小出 昭一郎
太陽のまわりの惑星の運動も惑星のまわりの月の運動も,ケプラー運動によってよく表されるが,正確にいえば,実際の運動はもっと複雑であってこの違いを摂動という。つまりケプラー運動に摂動を補正すると現実の複雑な運動が得られるのである。摂動を論ずる摂動論は天体力学の主要な分野をなしている。
摂動の要因となるものを摂動力という。摂動力が働かなければ運動はケプラー運動であり,摂動力が小さければそれに応じて摂動も小さい。太陽を公転する惑星や小惑星の運動では,近くの惑星や大質量の木星などの引力が摂動力であり,惑星を公転する衛星の運動では太陽の引力が,そして地球を公転する人工衛星の運動では,地球の赤道部の膨らみによる引力がおもな摂動力となっている。このように摂動力は場合によってさまざまであり,それに応じて摂動もさまざまの現れ方をする。ここでは摂動の一般的な性質を論ずる。
ケプラー運動の状態は軌道要素(ケプラー要素)といわれる6個の定数で表される。ケプラー運動に摂動力が働くと軌道要素は一定値を保てなくなり時間とともに変動するようになる。この軌道要素の時間変動が摂動にほかならない。軌道要素の時間変動には周期的変動と永年的変動とがあり,それぞれ周期摂動,永年摂動といわれる。周期摂動はさらに短周期摂動と長周期摂動とに区別される。短周期とは元のケプラー運動の公転周期の程度かそれより短い周期を指し,長周期とはそれよりかなり長い周期を指す。一方の永年というのは時間とともに一方的に増加,あるいは減少する状態を指す。これら3種の摂動の中でもっとも一般的なのは短周期摂動であって,6個の軌道要素のすべてに現れる。相異なる多数の短周期的微小変動の合成で表され,合成変動の振幅は摂動力の大きさの程度になる。長周期摂動は短周期摂動に比べて単に周期が長いだけでなく,摂動の大きさも拡大されているので重要である。木星と土星の相互引力による長周期摂動は,周期が約900年で木星の黄経に30′,土星の黄経には70′の不等(ケプラー運動からの偏差)をもたらす。この不等は摂動力の大きさから予想される量に比べてあまりにも大きくて,観測的にはニュートンの時代から知られていたが,ニュートンの万有引力では説明がつかないものとされていた。これを長周期摂動として研究したのはL.オイラーが初めである(1750ころ)。木星-土星系の長周期摂動は,木星の公転周期11.9年と土星の29.5年とがほとんど2:5という簡単な整数の比で表されること(尽数関係という)に由来する。永年摂動は軌道要素の角度要素(昇交点,近日点および元期の黄経を表す角度)には一般的に現れるが,他の3要素(半長径,離心率,軌道傾斜)には通常は現れない。これは結果的にはきわめて意味のあることであって,力学系の安定性の基盤となっている。実際,軌道の半長径や離心率に永年摂動が存在すれば,軌道は大きさや形がしだいに変わっていって初めとは似ても似つかぬものになるし,軌道傾斜に永年摂動があれば軌道面にそういう現象が起こることになる。太陽のまわりの諸惑星の公転運動では,摂動力の大きさおよびその2乗までを考慮した精度で,諸惑星の軌道半長径には永年摂動の存在しないことが証明されている。また,摂動力の大きさの精度で諸惑星の離心率や軌道傾斜もある限度をこえて増大することがないことが示されている。つまり永年摂動は現れないので太陽と諸惑星の力学系(太陽系の中枢)は安定に保たれるということができる。
近地点高度が数百km以下の人工衛星の運動では,大気の抵抗による摂動が顕著になる。この場合には軌道の半長径にも離心率にも永年摂動が現れ,両者とも減少する。まず近地点高度を高度とする円軌道になり,さらに半長径が減少すると軌道はらせん状に地上に近づく。そして人工衛星の高度が100km以下になると流星のように燃えつきてしまう。
執筆者:堀 源一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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一つの惑星が太陽との引力の下にあるときは、その惑星はケプラーの三法則に従った運動をする。ところが、現実の太陽系のようにほかにも惑星がある場合、その惑星の運動は、他の惑星の引力の影響(ごくわずかであるが)も受けてケプラー運動から少しずつずれていく。このような運動のずれを摂動という。もっとも一般的には、摂動とは、運動などの厳密な解が得られる系に対し、小さい攪乱(かくらん)から生じたずれをいう。ゆえに、人工衛星の運動が、もともとの運動から地球大気との摩擦や地球重力場の不整などによりずれるのも摂動である。摂動には周期的なものもあるが、ずれが累積していき、その結果、非常に長周期な変動や、ときには限りなく変わっていくものもある。後者は永年摂動(長年摂動とも)とよばれる。海王星の存在が天王星に対する摂動により理論的に予言され、その予言に従って発見された事実は有名である。月も主として太陽の引力による影響で複雑な運動をしている。
摂動という用語は、惑星運動など天文学のみならず、たとえば量子力学で、小さい攪乱の下での原子内の電子の運動など、物理学でもよく用いられる。
[大脇直明]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…地球重力場は,地球の扁平さなどのために完全な球対称ではなく,人工衛星の軌道はこのためにしだいにずれていく。この変化は,軌道の形状の変化であるよりはむしろ,面や真近点離角の変化としてであり,これらは総称して摂動と呼ばれる。軌道の初期設計にあたっては,その影響を計画に応じて十分に評価することが必要である。…
※「摂動」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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