総源寺(読み)そうげんじ

日本歴史地名大系 「総源寺」の解説

総源寺
そうげんじ

[現在地名]相川町下山之神町

台地上にある。青嶽山と号し、曹洞宗、本尊釈迦牟尼仏。吉井よしい(現金井町)剛安ごうあん寺末。天正の兵乱で地位を失った石花いしげ城主石花将監が剃髪して剛安寺六世を継ぎ、瑚月周珊と称し、元和五年(一六一九)開基したという(剛安寺過去帳)。「佐渡国寺社境内案内帳」によると、寛永六年(一六二九)に能登国の総持そうじ寺の輪番を勤めた功績により、佐渡国曹洞宗の惣録所に定められたとある。奈良なら妙音みようおん寺・下山之神しもやまのかみ長泉ちようせん寺・しば泉龍せんりゆう寺のほか五十里籠いかりかご(現佐和田町)総鏡そうきよう寺を末寺にもった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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