編笠橋
あみがさばし
中島川に架かる橋で、大井手橋の下流にあり、江戸時代には本紙屋町と今博多町を結ぶ(享和二年長崎絵図)。元禄一二年(一六九九)の完成、長崎市中の橋の多くが唐人の手になることを残念に思っていた貿易商の岸村夫妻が私財を投じて建造したという(「長崎図誌」など)。寛政七年(一七九五)の洪水で流失したが、他の橋の修復をまって享和二年(一八〇二)長崎奉行所により再建(「長崎古今集覧」など)、親柱に石工として吉次郎・清兵衛・弥三太・八十八の名が記される。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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