美守村(読み)ひだのもりむら

日本歴史地名大系 「美守村」の解説

美守村
ひだのもりむら

[現在地名]新井市美守・美守一―三丁目・諏訪(すわ)町一―二丁目・中央(ちゆうおう)町

関(せき)川沿いを栗原(くりはら)村・国賀(こくか)村・高柳(たかやなぎ)村とたどる北国街道沿いの村。「和名抄」の夷守(ひなもり)郷の遺称地とする説がある。「上杉年譜」の天正二年(一五七四)一〇月一〇日条に「頸城郡内肥田森村内、大関弥七分」とみえ、上杉謙信は越中館山(たてやま)城の若林家吉に当村内の地を宛行っている。正保国絵図に高四六八石余とある。宝永七年(一七一〇)に片貝(かたかい)川の渇水により田の植付けができなくなったので、渇水期には新用水路の水を全部止めるという条件で、関川通り姫川原(ひめがわら)村に取入口をもつ高柳村用水との間に交渉が成立した。明和三年(一七六六)関川の満水によって高柳用水取入口が約九二間にわたって川欠けとなり、この江敷潰地代米をめぐって紛争があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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