肥後屋吉崎家跡(読み)ひごやよしざきけあと

日本歴史地名大系 「肥後屋吉崎家跡」の解説

肥後屋吉崎家跡
ひごやよしざきけあと

[現在地名]上関町大字室津

室津むろつ海岸築出つきで町にあり、明治維新期の尊王攘夷派の公卿五名の宿泊地。

文久三年(一八六三)八月の政変により、尊攘派の公卿七人は京を追われ、長州に西下した。いわゆる七卿落である。兵庫を出発し二五日、三条実美・三条西季知壬生基修四条隆謌・錦小路頼徳らは上関に上陸した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む