コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

三条西季知 さんじょうにし すえとも

3件 の用語解説(三条西季知の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

三条西季知

幕末・明治の公卿。通称銓丸、字は子迪、名は知、変名榎木藤一郎、号は蓬翁。実勲の子。香川景樹高松公祐門人。国学・和歌を能くし、王政復古後は歌道により孝明天皇の寵遇を受ける。勤王七卿の一人。大納言・麝香間祇候となり正二位勲二等に叙せられた。明治13年(1880)歿、70才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

さんじょうにし‐すえとも〔サンデウにしすゑとも〕【三条西季知】

[1811~1880]幕末・明治前期の公家・歌人。尊王攘夷派として活躍。文久3年(1863)8月18日の政変七卿落ち一人として西走。維新後、明治天皇の侍従。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

三条西季知 さんじょうにし-すえとも

1811-1880 幕末-明治時代の公卿(くぎょう)。
文化8年2月26日生まれ。三条西実勲(さねいそ)の子。母は三条実起(さねおき)の長女。嘉永(かえい)3年参議。正二位。尊王攘夷(じょうい)を主張したが,八月十八日の政変三条実美(さねとみ)らと長州にのがれる(七卿落ち)。慶応3年京都にもどり,翌年新政府の参与,ついで権(ごんの)大納言となる。明治天皇の侍従として歌道を指導した。明治13年8月24日死去。70歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

三条西季知の関連キーワード園基祥竹屋光昭地下の公卿飛鳥井雅望小田長四郎(2代)麻見義修岸鶴汀祖苗萩原員光養老滝五郎

今日のキーワード

ネコノミクス

猫が生み出す経済効果を指す造語。2012年に発足した安倍晋三内閣の経済政策「アベノミクス」にちなみ、経済が低迷する中でも猫に関連するビジネスが盛況で、大きな経済効果をもたらしていることを表現したもの。...

続きを読む

コトバンク for iPhone