朝日日本歴史人物事典 「四条隆謌」の解説
四条隆謌
生年:文政11.9.9(1828.10.17)
幕末明治初期の公家,いわゆる七卿のひとり。陸軍軍人。公家四条隆生の子として京都に生まれる。開国後,尊王攘夷論者として朝廷権力拡大に尽くす。文久3(1863)年の8月18日の政変で失脚,官位を奪われ,三条実美ら6人と共に長州(山口県)に下る。慶応3(1867)年の王政復古で復位し上京。翌年から始まる戊辰戦争では,仙台追討総督,奥羽追討平潟口総督を務めた。長州藩士木梨準一郎,鳥取藩士河田景与らを参謀として用い,仙台藩を降伏に追いこんだ。のち大阪,名古屋などの鎮台司令長官を歴任。明治14(1881)年陸軍中将に進む。<参考文献>大山柏『補訂戊辰役戦史』上下
(山村義照)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報