育波浦(読み)いくはうら

日本歴史地名大系 「育波浦」の解説

育波浦
いくはうら

[現在地名]北淡町育波

育波村北部、海浜沿いにある浦方の村。集落浜辺低地に集中し、ほぼ中央を東西西浦にしうら街道が通る。正保国絵図・天保郷帳には育波浦が記されるが、ともに育波村をさすのであろう。反別戸数取調書には育波村とは別に育波浦が記され、無高とある。家数八三・人数四八二。加子役はすべて給人である筆頭家老稲田九郎兵衛に渡された。ほかに肴運上銀九六匁、鰯運上銀四匁余を負担した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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