能満寺跡(読み)のうまんじあと

日本歴史地名大系 「能満寺跡」の解説

能満寺跡
のうまんじあと

[現在地名]鹿央町合里 下米野

米野めの山系の東山塊尾根の標高二二九メートルにある。開基宗旨・廃寺時期など不明。地元では、米野岳の観音様として知られる。当寺に関係あると伝える薬師堂・白山権現堂や、寺銘入りの喚鐘・磬などの什物も残り、往時の隆盛をしのばせる。現佐賀県大和やまと玉林ぎよくりん寺蔵の大般若経六〇〇巻は、沙門令虎が目野山満光寺で正平二五年(一三七〇)から建徳三年(一三七二)に写経したものであるが、第五五三巻の奥書に「肥後国山鹿郡南庄岩原目野山満光寺本堂之大般若経」とある。目野山の同一山号をもつ両寺が同一であるか、にわかに断定はできないが、山鹿南庄という位置、また同山号をもつ寺院跡が現岩原いわばるにないことなどから、同じ寺であった可能性も残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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