腰当村(読み)こしあてむら

日本歴史地名大系 「腰当村」の解説

腰当村
こしあてむら

[現在地名]茂原市腰当

北塚(きたつか)村の南に位置し、西は長尾(ながお)村。北西は丘陵で、村内を本納(ほんのう)村から茂原町へ向かう通称房総東街道が通り、南西を阿久(あく)川が流れる。天正二〇年(一五九二)には松平家忠が武蔵忍(おし)(現埼玉県行田市)から下総上代(かじろ)(現東庄町)へ一万石で転封となり、同年三月三日の松平家忠知行書立に「上総之内本中上(ママ)郷之内こしあて之郷」三〇二石余が含まれている。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に腰当村とみえ、高二二八石。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳では旗本戸塚領一七〇石・同桜井領一〇〇石の相給。元禄郷帳では高三八九石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では高四三八石余、幕府領と旗本服部領が加わり、家数六二。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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