臣唱寺跡(読み)しんしようじあと

日本歴史地名大系 「臣唱寺跡」の解説

臣唱寺跡
しんしようじあと

[現在地名]福知山市字大呂 奥谷

天寧(てんねい)寺の末寺であり、応永二八年(一四二一)の足利義持御判御教書(天寧寺文書)に、

<資料は省略されています>

とみえるが、草創時期その他詳細はわからない。

文安四年(一四四七)には天寧寺を氏寺としていた金山持実から田畠を寄進されている(同文書)。

<資料は省略されています>

また寛正三年(一四六二)には将軍義政から寺領を安堵されているが(同年四月五日付「足利義政御判御教書」天寧寺文書)、そこでも「天寧寺并末寺臣唱寺」と記され、天寧寺と並んで金山氏や将軍家の崇敬と保護を受けていたと推察される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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