氏寺(読み)うじでら

日本大百科全書(ニッポニカ)「氏寺」の解説

氏寺
うじでら

氏族族長一族の総領が建立し、その一族・子孫の祈願所として維持運営された寺院氏神とともに一族の繁栄が祈られた。寺別当あるいは俗別当は氏族出身者の場合が多かった。平安時代、藤原氏は春日大社(かすがたいしゃ)を氏神とし、興福寺を氏寺としたことはよく知られている。鎌倉時代以降になると、禅宗寺院を氏寺とする武士団も少なくなかった。室町時代、小早川(こばやかわ)氏は安芸(あき)国沼田(ぬた)(広島県三原市)に仏通寺(ぶっつうじ)という禅寺を建立して氏寺とし、一族の結束を図っている。しかし、しだいに、武士の建立する寺院は、祖先の霊を祀(まつ)る菩提寺(ぼだいじ)へと変化していった。

[廣瀬良弘]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典「氏寺」の解説

氏寺
うじでら

特定の氏族一門帰依し,祈願所または菩提所とした寺院。氏寺は氏族一門が創建したものが多いが,すでに創建されている寺院に帰依し,これを氏寺とする場合もある。蘇我氏向原寺,山田氏の山田寺,紀氏の紀寺,藤原氏の興福寺,和気氏神護寺,菅原氏の道明寺などは氏寺の例である。氏人が俗別当として氏寺を管理し,寺僧,寺別当にも氏人出身者が多い。氏寺は,祖先の追善,菩提を弔うこととともに,氏族間の血族的結合強化,氏族の栄達祈願を目的としたものであった。中世武家も氏寺をもったが,管理運営には介入しない傾向があった。

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百科事典マイペディア「氏寺」の解説

氏寺【うじでら】

氏族によって建立され,その子孫の帰依(きえ),擁護をうけた寺。一族の現世利益や冥福(めいふく)を祈願し,住持職(しき)を一族で相伝する例も多い。また古代氏族の解体,中世の武家の台頭とともに,氏寺は家寺・菩提寺にかわっていったと考えられている。ともかく氏寺は蘇我氏の法興寺(飛鳥(あすか)寺)など古代豪族の氏寺に始まり,平安期以後,各氏族が建てるようになり,藤原氏の興福寺法成寺,和気氏の神護寺,日野氏の法界寺,菅原氏の道明寺などが有名。→菩提寺
→関連項目氏長者

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精選版 日本国語大辞典「氏寺」の解説

うじ‐でら うぢ‥【氏寺】

〘名〙 (「うじてら」とも) 平安時代、氏族が一門の冥福と現世の利益(りやく)とを祈るために建てて信仰した寺。藤原氏の興福寺、和気氏の神護寺などの類。
※日本後紀‐延暦二四年(805)正月癸酉「制、定額諸寺、檀越之名、載在流記。不輙改、而愚人争以氏寺。仮託権貴

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旺文社日本史事典 三訂版「氏寺」の解説

氏寺
うじでら

古代において,氏族一門の帰依をうけた寺
先祖の追善と一族の現世利益・後世安穏を願うために建立された私寺で,藤原氏の興福寺,和気氏の神護寺などはその代表的な例。

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世界大百科事典 第2版「氏寺」の解説

うじでら【氏寺】

氏族の氏上・族長が自身あるいは一族の現世安穏故人の菩提を祈るために建立した寺。氏神が守護神・祖霊神で,一族の崇敬を得たように,氏寺は氏族一門の現世安穏を祈る祈願所であり,氏人は寺の管理権をもつかたわら経営維持に任じ,寺僧・別当も氏人の僧が選ばれた。氏寺の名は805年(延暦24)に初見するが,仏教伝来以後,崇仏毀釈の政争を経て,仏教は氏族間にも漸次流布するに至り,盛んに建立されるようになった。680年(天武9)に官寺となる飛鳥元興寺は,もと蘇我馬子の建立にかかる蘇我氏の氏寺であった。

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世界大百科事典内の氏寺の言及

【姓氏】より

…それだけに氏の出自や姓を明確にしておくことは為政者にとって肝要であったため,官撰の《新撰姓氏録》30巻のような提要書が編纂された。中央・地方を問わず,有力な氏は氏神をまつる神社とは別に氏寺を建立した。地方に多数の氏寺があったことは,《出雲国風土記》などからも知られる。…

※「氏寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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