興戸古墳群(読み)こうどこふんぐん

日本歴史地名大系 「興戸古墳群」の解説

興戸古墳群
こうどこふんぐん

[現在地名]田辺町大字興戸

集落の西方、谷が入り込んだ北側の田の中、山の斜面尾根の上に、東からほぼ等間隔に郡塚こおりづか寿命寺じゆみようじ酒壺さかつぼ大原おおはらの各古墳がある。

郡塚古墳は集落北東の水田中にあり、円墳の中心部がわずかに残る程度だが、江戸時代の地誌「山州名跡志」には次のようにみえる。

<資料は省略されています>

東にあったという南北二つの大きい塚は今はない。

寿命寺古墳は昭和一八年(一九四三)四月に調査された(「京都府文化財調査報告」二一、一九五五年)。集落の西北すぐ近く、高さ約五〇メートルの山上にあり、直径約二七メートル、高さは約二メートルと低い円墳で、西側に空堀を施す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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