興津浦(読み)おきつうら

日本歴史地名大系 「興津浦」の解説

興津浦
おきつうら

[現在地名]勝浦市興津

奥羽の諸大名の廻米交易船が寄港する湊。奥津浦とも記した。暗礁がなく、東廻海運の避難湊として良港であったとされ、「日本汐路之記」に「上総奥津 下り湊 大どうへ八里 湊の口磯多し」とある。西手の弁天べんてん山の下は深く、大規模の船を係留する柱が立並んでいたという。安政二年(一八五五)常陸水戸藩の家臣酒井嘉熙が調査した際の絵図には奥津湊船繋所とみえるという(歴史の道調査報告書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む