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舜天 しゅんてん

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大辞林 第三版の解説

しゅんてん【舜天】

1166?~1237?) 琉球王。名は尊敦そんとん。向象賢しようしようけんの「中山世鑑」によれば源為朝が伊豆大島から渡来し、大里按司の妹との間にもうけた子とされる。一五歳で浦添按司うらそえあじとなり、1187年王位について、琉球に按司時代を樹立したという。

出典|三省堂
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朝日日本歴史人物事典の解説

舜天

没年:舜天51(1237)
生年:乾道2(1166)
12世紀後半から13世紀にかけての,琉球王国舜天王統の開祖と伝えられる人物。琉球に渡来した源為朝と大里按司(豪族)の妹との間に生まれたという伝説がある。近世期の編纂史書によれば,淳煕7(明暦,1180)年15歳で浦添按司となり,天孫氏王統の逆臣利勇を倒し,新しい王統をひらいたという。在位51年(1187~1237)。その後,王統は3代73年間続いたとされているが,その実在を確証する史料はまったく残されていない。しかし,琉球王国が確立した16世紀初期にはすでに舜天を琉球の最初の王として位置づける系譜観念が成立していたことを,同時期の碑文(国王頌徳碑など)は示している。

(真栄平房昭)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

舜天
しゅんてん
(1166―1237)

琉球(りゅうきゅう)最初の王と伝えられる人物。尊敦(そんとん)ともいう。琉球に落ち延びてきた源為朝(ためとも)と大里按司(おおざとあんじ)の妹との間に生まれた子という出自伝説がある。1180年(治承4)衆望を集めて浦添(うらそえ)按司となり、87年(文治3)権勢をほしいままにしていた利勇(りゆう)を倒し王位に登り、在位51年に及んだというが、治世を伝える史料はまったく残っていない。死後、王位は舜馬順煕(しゅんばじゅんき)・義本(ぎほん)2代に受け継がれた(舜天王統)。しかし、王とはいっても琉球一円の覇者ではなく、浦添地方一帯を勢力圏とする強大な按司にすぎなかった、という見方が有力である。[高良倉吉]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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