覇者(読み)はしゃ(英語表記)ba-zhe; pa-chê

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

覇者
はしゃ
ba-zhe; pa-chê

中国,春秋時代に活躍した諸侯たちの指導者。本来は伯者 (はくしゃ) と書かれた。春秋時代に入って周の王の権威が低下し,諸侯を統合する力がなくなったので,代って諸侯を集めて盟約を結び指導者となったものをいうが,やがて武力によって諸侯を支配する者をさすようになった。桓公,晋の文公,穆公,宋の襄公,楚の荘王らを春秋五覇といい,特に有名。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディアの解説

覇者【はしゃ】

中国,春秋時代(春秋戦国時代)の諸侯を統率したもの。周の王室の実権が衰弱して異民族の侵入が激しくなったので,周王を推戴して諸侯を率い,異民族の侵入を撃退しようとした諸侯の有力者。〈春秋の五〉とも。桓(かん)公文公の荘王・の闔閭(こうりょ)・句践(こうせん)のほか,宋の襄公・秦の穆(ぼく)公を加える説もある。
→関連項目管仲

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

覇者
はしゃ

中国、春秋時代の中・後期に、諸国の同盟の中心となり、諸国を従えて、周王からその地位を認められた諸侯をいう。斉(せい)の桓公(かんこう)が紀元前651年、葵丘(ききゅう)(現河南省商丘市の西)での諸侯との会盟(かいめい)でその地位を得たのに始まる。指定された期日と場所に参集した諸侯(代理人もあり)のうちで、牛耳(ぎゅうじ)をとるよう決められた者が盟長=覇者となり、いけにえの血を盟長から順次すすり、盟誓の約文をつくる。桓公ののちも晋(しん)の文公、楚(そ)の荘(そう)王、呉(ご)王の闔閭(こうりょ)、越(えつ)王の勾践(こうせん)が覇者となり、これらを春秋五覇という(呉、越のかわりに秦(しん)の穆公(ぼくこう)、宋(そう)の襄公(じょうこう)を入れる説、楚のかわりに呉王の夫差(ふさ)を入れる説もある)。

[太田幸男]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典の解説

は‐しゃ【覇者】

〘名〙
① 覇道をもって天下を治める者。徳によらず武力や権力で天下を治める者。特に、中国春秋時代の諸侯で武力・政治力にすぐれ、他の諸侯に対して支配権をもった者。斉の桓公・晉の文公など。覇主。⇔王者(おうしゃ)
※太平記(14C後)四「晉楚斉秦を平げ、覇者(ハシャ)の盟主と成しかば」 〔孟子‐尽心・上〕
② 競技などの優勝者。

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

旺文社世界史事典 三訂版の解説

覇者
はしゃ

中国春秋時代の諸侯の統率者
周王室の権威が衰え,諸侯の争いが続いた時代に,周王のを受けて内乱をしずめ,異民族の侵入を撃退しようとした。これを尊王攘夷という。春秋の五覇によって代表される。勝利者の意に使うこともある。

出典 旺文社世界史事典 三訂版旺文社世界史事典 三訂版について 情報

世界大百科事典内の覇者の言及

【春秋戦国時代】より

…諸侯の再興や会盟は本来は周王の任務であり権利であったが,この時期の周王にはその力がなく,有力な諸侯が王にかわって行った。この有力諸侯を覇者とよぶ。桓公は第一の覇者であり,以後歴史は覇者を中心として動く。…

※「覇者」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報