舟志村(読み)しゆうじむら

日本歴史地名大系 「舟志村」の解説

舟志村
しゆうじむら

[現在地名]上対馬町舟志

大増おおます村の南にあり、舟志浦の南西に立地する。舟志川が流れる。府中ふちゆう(現厳原町)より一七里一九町で、北東岸にたか崎がある(津島紀略)地名は舟止からの転という(津島紀事)海辺の厳島神社の神宝に有柄式磨製石剣があり、久頭乃くずの神社は広形銅矛が神器とされることから弥生時代の遺跡があったことが知られる。南の中原なかばる村は元和年間(一六一五―二四)までに当村より分立、寛文三年(一六六三)編入、のち再び分村したという(津島紀事)。正保二年(一六四五)の二郡村々物成では「舟志村」として籾一斗余・麦一〇〇石余(うち五石余は旱損所)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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