芝原遺跡(読み)しばはらいせき

日本歴史地名大系 「芝原遺跡」の解説

芝原遺跡
しばはらいせき

[現在地名]松江市福原町 芝原

澄水しんじ(五〇七・三メートル)の南南東二・三キロ、持田もちだ平野の標高三三―四五メートルに位置する。奈良時代から平安時代を中心とする遺跡。昭和五九年(一九八四)から六三年に松江市教育委員会が発掘調査を行った。遺構はおよそ南北三五〇メートル・東西一二〇メートルの範囲に及び、掘立柱建物跡二〇、総柱の掘立柱建物跡五、柵列跡五・井戸状遺構一・土壙三二・溝一四などを検出。掘立柱建物跡は五期に分けられている。遺物弥生土器須恵器土師器・土師質土器・陶磁器製塩土器・丹塗土器、容器・食事具・農耕具などの木器・漆器石器などで、墨書土器には「出雲家」「校尉」などと記されたものがあって注目される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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