コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

花園天皇日記 はなぞのてんのうにっき

1件 の用語解説(花園天皇日記の意味・用語解説を検索)

世界大百科事典 第2版の解説

はなぞのてんのうにっき【花園天皇日記】

花園天皇の日記。《花園院宸記》ともいう。1310年(延慶3)14歳のときから,断続的ながら32年(元弘2)まで記し,47巻の自筆本が伏見宮家に伝来,現在は宮内庁書陵部に所蔵されている。花園みずからはこれを《等閑記》と名付けた。多くは具注暦に記入され,両統対立の政治過程をはじめ,天皇家の人々,和歌,学問,仏教などについて,花園自身の感想,批判が率直に吐露されており,広い分野にわたる重要史料である。《史料大成》所収。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

世界大百科事典内の花園天皇日記の言及

【花園天皇】より

…しかしそこで花園の恐れた〈土崩瓦解〉は意外に早く到来,翌年の後醍醐の討幕失敗のあとをうけて即位した量仁(光厳天皇)の大嘗会の無事を喜び,みずから院政にのり出したのも束の間,33年(元弘3)後醍醐の反乱によりその政権は瓦解し,関東に逃れようとした花園は後伏見,光厳とともに捕らえられ,京に送還された。幼少のころから書きつづけてきた日記(《花園天皇日記》)も32年をもって終わっている。 35年(建武2)出家,法名を遍行という。…

※「花園天皇日記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

花園天皇日記の関連キーワード花園天皇後桃園天皇花園寛正徳治文保景長(1)嘉楽門院顕親門院敷政門院

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone