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花園天皇日記 はなぞのてんのうにっき

世界大百科事典 第2版の解説

はなぞのてんのうにっき【花園天皇日記】

花園天皇の日記。《花園院宸記》ともいう。1310年(延慶3)14歳のときから,断続的ながら32年(元弘2)まで記し,47巻の自筆本が伏見宮家に伝来,現在は宮内庁書陵部に所蔵されている。花園みずからはこれを《等閑記》と名付けた。多くは具注暦に記入され,両統対立の政治過程をはじめ,天皇家の人々,和歌,学問,仏教などについて,花園自身の感想,批判が率直に吐露されており,広い分野にわたる重要史料である。《史料大成所収

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世界大百科事典内の花園天皇日記の言及

【花園天皇】より

…しかしそこで花園の恐れた〈土崩瓦解〉は意外に早く到来,翌年の後醍醐の討幕失敗のあとをうけて即位した量仁(光厳天皇)の大嘗会の無事を喜び,みずから院政にのり出したのも束の間,33年(元弘3)後醍醐の反乱によりその政権は瓦解し,関東に逃れようとした花園は後伏見,光厳とともに捕らえられ,京に送還された。幼少のころから書きつづけてきた日記(《花園天皇日記》)も32年をもって終わっている。 35年(建武2)出家,法名を遍行という。…

※「花園天皇日記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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