具注暦(読み)グチュウレキ

デジタル大辞泉 「具注暦」の意味・読み・例文・類語

ぐちゅう‐れき【具注暦】

奈良時代に始まり、平安時代に広く用いられた漢文の暦本。暦日の下に歳位・星宿干支えと吉凶などが詳しく注記してあるのでこの名がある。日ごとに2~3行の余白を設けてあるので、公家らが日記として利用した。

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精選版 日本国語大辞典 「具注暦」の意味・読み・例文・類語

ぐちゅう‐れき【具注暦】

  1. 〘 名詞 〙 奈良時代から室町時代にかけて用いられた暦の一種。暦日の下にその日の吉凶、禁忌などを詳しく注記した巻子本(かんすぼん)の暦。毎年一一月に陰陽寮で作られた。一日毎に二、三行空欄があるものも作られ、これは公卿などが日記として利用した。九暦、小右記御堂関白記などはそれである。
    1. 具注暦〈正倉院蔵〉(天平一八年三月四日‐一四日)
      具注暦〈正倉院蔵〉(天平一八年三月四日‐一四日)
    2. [初出の実例]「凡進暦者、具注御暦二巻」(出典延喜式(927)一六)

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改訂新版 世界大百科事典 「具注暦」の意味・わかりやすい解説

具注暦 (ぐちゅうれき)

漢字のみで書かれた暦。仮名暦に対しては真名(まな)暦とも呼ばれる。具とはつぶさにという意味で,注とは吉凶・禍福などの暦注のことである。古くは暦は具注暦のみであった。一,二の例外はあるが,元来具注暦は書写暦のみでその体裁は半年分ずつに作られた1年分が2巻の巻暦である。また上等の具注暦は書込みができるように行間があいているので間明(まあき)暦ともいう。暦道の本家である土御門では具注暦はほんとうは気朔暦と呼ぶべきであるといっている。現存する最古の具注暦は東大寺正倉院文書である746年(天平18)のものである。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「具注暦」の意味・わかりやすい解説

具注暦
ぐちゅうれき

日の吉凶、禍福、禁忌などを詳しく漢字で書き記した暦書をいい、真名暦(まなれき)ともいう。仮名(かな)暦にも具注があるが、具注暦とはよばない。日本で暦が施行されて以来、明治初年まで、陰陽(おんみょう)寮から手写して発行したもので、その発行部数はごくわずかである。『延喜式(えんぎしき)』(967年施行)によれば、頒暦は166巻で、宮廷貴族をはじめ、地方の国衙(こくが)に配った。現存する最古の具注暦は正倉院にある746年(天平18)の暦である。具注暦は行間にすきまがあって、その日の日記あるいはメモを記入できるようになったものがある。また裏面を利用して日記をはじめさまざまな記録が書かれていて、歴史の資料として貴重なものであり、重要文化財に指定されているものが少なくない。陽明文庫所蔵の『御堂(みどう)関白記』は国宝に指定されている。

[渡辺敏夫]

『渡辺敏夫著『日本の暦』(1976・雄山閣出版)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「具注暦」の意味・わかりやすい解説

具注暦
ぐちゅうれき

古代中国や奈良,平安時代の日本で用いられた太陰暦による暦。歳位,星宿,干支,吉凶,禁忌などが漢文でつぶさに注記されているところからこの名がある。日本では正倉院所蔵の天平 18 (746) 年,同 21年,天平勝宝8 (756) 年の断簡が最古のものとされる。陰陽寮で編纂され,中務省を経て毎年 11月1日に諸司に頒布されたほか,民間で刊行されたものも多い。1~6月までと7~12月までの上下2巻の巻子本 (かんすぼん) に仕立てられ,歳首に暦注の説明がある。日ごとに1~数行分の余白があり,『御堂関白記』や『明月記』のように,日記を書いた例が多い。室町時代以後は次第にかな書きの京暦,伊勢暦,三島暦などがこれに代った。中国では敦煌文献に唐,五代,宋の遺品を伝える。

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百科事典マイペディア 「具注暦」の意味・わかりやすい解説

具注暦【ぐちゅうれき】

奈良時代以来行われ,平安中期以後盛んに用いられた暦。暦日の下に,その日の吉凶・禍福・季節の変動を詳しく注記したもの。現存最古のものは東大寺正倉院文書中の746年のものだが,木簡の断簡で729年のものが発見されている。
→関連項目園太暦九暦御堂関白記

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山川 日本史小辞典 改訂新版 「具注暦」の解説

具注暦
ぐちゅうれき

季節や日の吉凶などを示す暦注が詳しく書かれた暦。すべて漢字で記され,仮名暦に対し真名暦(まなごよみ)といわれる。毎年暦博士によって編纂され,11月1日に朝廷から頒布された。暦首には,年号年次・干支・納音(なっちん)・総日数,歳徳神・八将神などの方位,月の大小,各暦注の禁忌・吉事などの暦例を示す。毎月の月初めには,月建干支や諸神の方位を示し,各暦日には,上部欄外に二十八宿や七曜が朱書きされ,上段・中段・下段にわけて,詳細な暦注が記載されている。漆紙(うるしがみ)文書や木簡などの出土例があり,正倉院文書にも具注暦断簡が残る。具注暦に日記を書きこむ習慣は奈良時代からおこり,「御堂(みどう)関白記」をはじめ古代・中世の貴重な史料になっている。

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旺文社日本史事典 三訂版 「具注暦」の解説

具注暦
ぐちゅうれき

奈良時代より行われた暦の一種
暦日の下にその日の吉凶・禍福・季節の変動などを注記した暦。平安時代に流行し,貴族ばかりでなく庶民の間にも用いられた。現存最古は746(天平18)年のもの。

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世界大百科事典(旧版)内の具注暦の言及

【御暦の奏】より

…南殿庭上において行ったため,庭立(にわたち)の儀ともいうが,降雨や天皇が出席しないときは,内侍に付して奏進した。《延喜式》等によると,天皇に具注暦(ぐちゆうれき)2巻(6月以前を上巻,7月以降を下巻)を,中宮・東宮にも各2巻を進めるほか,内外諸司に166巻(83部)をわかつ頒暦も行われた。頒暦を受けた内外諸司はさらにその写しを作り,所属の寮司や郡司に分け,年内にそれの配布を終了させる。…

【日次記】より

…日々のできごとを日次を追って書きついでゆく日記。古くは具注暦の暦面に書かれることが多かったので〈暦記〉とも称された。これに対し特定の事柄について詳細な記録を残すため書かれたものを〈別記〉という。…

※「具注暦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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