花良治村(読み)ひらじむら

日本歴史地名大系 「花良治村」の解説

花良治村
ひらじむら

[現在地名]喜界町花良治けらじ 花良治・蒲生かもー

浦原うらばる村の北東に位置し、南東部は海に臨む。ノロの祭場のミヤ跡やノロ神事のアシャゲ跡が残っている。荒木あらち間切のうちで、北東の蒲生は花良治から分立したとされる。「おもろさうし」第一三にみえる「けなち嶽」は当地とされる。成化二年(一四六六)琉球尚徳王軍勢が襲来した当時、勘樽金は荒木間切の花良治村に居住していたと伝える(「勘樽金一流系図」奄美大島諸家系譜集)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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