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若江城 わかえじょう

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日本の城がわかる事典の解説

わかえじょう【若江城】

大阪府東大阪市若江南にあった平城(ひらじろ)。戦国時代に河内争奪戦の拠点となった城。若江城は南北朝時代に北朝方の拠点として、高屋城主河内守護畠山基国(もとくに)によって築かれ、守護代の遊佐氏が歴代居城した。1382年(永徳2)から1573年(天正1)までの約200年間、若江城は河内国守護の政庁の役割を果たした。畠山氏の相続をめぐって実子義就と養子政長が争い、これが応仁の乱へと発展した。天文年間(1532~55年)は若江氏・堀江氏・山田氏・三好氏へと城主が変遷し、その後三好氏の持城となっていた。1568年(永禄11)に畿内を平定した織田信長は、三好義継(よしつぐ)を若江城主とした。1573年(天正1)義継は信長が追放した15代将軍足利義昭に与したため、同年11月、佐久間信盛(のぶもり)率いる織田軍に攻められ、若江城は落城した。その後、若江城は信長による石山本願寺攻めの拠点として使用されたが、本願寺開城・退去の後は城としての役割を終え、1580年(天正8)頃に廃城となった。小学校一帯が城跡で、校内の片隅に「若江城」の石碑が建っている。発掘調査で周辺から二重の堀跡や土塁(どるい)・溝・井戸跡などが確認された。近鉄奈良線若江岩田駅から徒歩約15分。

出典|講談社
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