若江寺跡(読み)わかえでらあと

日本歴史地名大系 「若江寺跡」の解説

若江寺跡
わかえでらあと

一〇世紀中頃の成立と考えられる「尊意贈僧正伝」の元慶年間(八七七―八八五)の記事にみえ、下って暦応五年(一三四二)正月日の摂渡庄目録(九条家文書)に記された殿下渡領の平等院領のなかに同院末寺としてみえる。この暦応の目録は、同年正月二七日に九条道教が一条経通に代わって関白氏長者になり、それとともに殿下渡領が一条家から九条家に移ったとき作成されたもので、若江寺は平等院末寺一一ヵ所の一つとして記載されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む