茅瀬村(読み)かいぜむら

日本歴史地名大系 「茅瀬村」の解説

茅瀬村
かいぜむら

[現在地名]三良坂町皆瀬かいぜ

西の向江田むこうえた(現三次市)から張出す比高約一〇メートルほどの台地に沿って上下じようげ川が大きく囲繞するが、その右岸を中心村域とするため、村の東から南西にかけては上下川が流れ、集落は南側の沖積平野に集まる。なお上下川南岸の山地も村域に含まれる。元和五年(一六一九)の備後国知行帳には「皆瀬村」とあり高二一六・七一五石。以後の石高の変化はない。「芸藩通志」によると畝高三一町二段三畝余、戸数四二・人口二一〇、牛一六・馬一〇で、「民産農余紙抄あり」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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