茶志内屯田兵村(読み)ちやしないとんでんへいそん

日本歴史地名大系 「茶志内屯田兵村」の解説

茶志内屯田兵村
ちやしないとんでんへいそん

明治二四年(一八九一)から同二七年にかけて、沼貝ぬまかい村字チャシュナイに入植した工兵隊兵村。毎年三〇戸、四年間で計一二〇戸の屯田兵とその家族が入植した。現国道一二号に沿って両側に間口五間・奥行三間半、一七・五坪の兵屋が並んでいた。給与地の広さや官給品は他の兵村と同じ。当時屯田工兵隊では毎日の軍事訓練に加え、開墾農耕にも熱心で、配付されたリンゴや桜桃の苗木を植付けている(開村五拾年史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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