草下部村(読み)くさかべむら

日本歴史地名大系 「草下部村」の解説

草下部村
くさかべむら

[現在地名]北区道場町日下部どうじようちようくさかべ鹿の子台北町かのこだいきたまち二―五丁目

道場河原どうじようがわら村の南にある有馬ありま郡の村。武庫むこ川の支流有馬川と有野ありの川の合流地の沖積平野に立地する。慶長国絵図には有馬川両岸に日下部村と記載され、高六五六石余。元和三年(一六一七)の摂津一国御改帳には草下部村と表記され、玄蕃(有馬豊氏)領とある。慶長六年(一六〇一)三田藩有馬則頼領となったが、翌年則頼が没したため子の丹波福知山藩主有馬豊氏に引継がれ、元和六年(一六二〇)まで同藩領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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